うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

今日の日中と、新型インフル薬、新型肺炎の治療活用を検討へ 政府方針と、【 精神分析の目標は本質的には患者の年齢に関係なく同じものであると私は考えている。】

 

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 今日は朝から偽者のおっちゃんが出てきて(笑)、時計を思わず見てしまいました(笑)。

最近、自分の上着を着てカバンを肩にかけて自転車をまたいだ時に、自分が自分なのか?自分はいのうえっちなのか?わけが分からなくなってしまう時があります(笑)。

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 いのうえっちと、まっつんが仲良すぎたり(笑)、

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 いのうえっちがコーラに、コーヒーのフレッシュと砂糖をまりちゃんの説得もむなしく入れてしまったのを飲んだら、まずかった(笑)と、残されたので豆乳を提供させて頂きました。色々と試してみるのもいいかもですね。失敗も重ねれば成功になるかもしれませんし。

 

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 それを見て皆さん大笑いでした! 

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 外出を自粛されておられるので(新型コロナウイルス対策で)、まりちゃんがもらった干芋をオーブントースターで焼いてみなさんに配っておられました。

 最後の、遠慮の一つは、遠慮なく(笑)まっつんの口の中に........。おっちゃんも一口くらい......。と思ってしまいました(笑)。

 

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 その後は、体操やいのうえっちダンスで盛り上がっていました。

 

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 午後からは、2班に分かれて自分は池之原組になりました。すっかりお雛様の飾りに代わっていていて、そういえば二月も後一週間を残すところとなりましたね。

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 お二人とももう慣れた手つきで、安心して見ることができました。

 

 もうSNSで拡散されまくっていますが、本当にきちんと効果が出ればいいですね。人間と社会は同じで、体力がなければ何も出来ません。




 今回もスィーガルです。下記も本当に参考になります。

強度行動障害の研修がありますが、誰でも見れるように手順書を作成するというのは、はっきり言って出来ません。その方といかに生きた時間を過ごすことができたか?が、支援の基盤になるからです。でも加算を頂くには研修を受けなければいけないので(笑)皆さん行くには行きますが、自分が行かせていただいた、県が主催の時は、座っておられる方のほうが明らかに経験豊かな方がたくさんおられました。でも、それがこの世の中の縮図ですね(笑)。世に出ておられなくても、きちんとした支援をされておられる方も沢山います。自分はそのような方々を、正々堂々と世に送り出したいと思っています。

 モラルトリートメント時代は、精神に問題を抱えられた方々をほぼ治癒できたのに、そこに専門職が(医療関係者が入ってきて)つくようになって、治癒率が悪くなったと、本に書かれていましたが、上記の研修のようにマニュアルを作れないところに無理やりマニュアルを作るので、ステレオタイプ化された支援者を量産してしまうのだと思われます。それは、アーサー・クラインマンの述べていることと、同じように思うのは自分だけでしょうか?

 

 〜親との接触をもつべきかどうか、もつならどのくらいの間隔でもつのかということについては分析家の個性と両親の要求によってさまざまであると私は感じている。

 のスーパービジョンの経験のすべてで、まったく同じやり方で両親を相手にした状況はまったくなかったと思う。
 しばしば、次の疑問が生じてくる。小児分析の目標は何なのか? 大人の分析とはどう違うのか? 

 日のように、精神分析での発見が多くの精神療法的技法の基礎となっているときには、子どもの治療での精神分析過程の本質や精神分析の目標についてはとくに明らかにしておかねばならないだろう。

  神分析の目標は本質的には患者の年齢に関係なく同じものであると私は考えている。

 なわち、それは患者の心的現実と触れるように彼をしむけることである。

 想や現実のなかでの防衛や対象関係の分析は、彼が外界現実と内的現実との間を識別することや心の成長の過程を促進させることを援助するのである。