うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

先日のお化け屋敷と、【彼らはスプリッティング、投影同一視、取り入れという強迫的な方法で、自分の平安を回復しようと反応する。】

 

 

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 夕食後、いのうえっちが、不敵な笑みを浮かべて(笑)ランタンを手にすると、お化け屋敷が始まりました(笑)。

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 結局、主導権をとったのは、たくちゃんで、女子の悲鳴も聞こえていました。

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 その後は、学齢児さんの送迎から帰って来た男性職員に、男子が絡んで(笑)、離しませんでした(笑)。

 

 

 

 

 

 下記は自分のことを言っている気にもなりました。

『そしてそこで、患者自身は感情的に死んでもおらず、更に生きてもいない状態で彼の対象と同一化するのが見られる。』

 生きていくうえで、ハッキリとした目標、目的がないと、そして、近い将来の安定を感じられないと、精神が安定しないですよね?

 現場での支援も同じことが言えると思います。しつこいですが、まずは、安心・安全感を感じて頂く事だと思われます。

 


  ~これら生の本能を担っている人びとが患者の平安を乱すたびに心的外傷と似た状況が生じ、疑似無機的状態復活させようとするかに見える方法で彼らは反応する。彼らはスプリッティング、投影同一視、取り入れという強迫的な方法で、自分の平安を回復しようと反応する。この角度から考えると、生と死の本能の融合において、生の本能が充分に優位であれば彼らは、破壊性を緩和するほど強い自分の愛を信頼することができるのだが、彼らの中で生の本能はそれほどの優位性を占めてはいない。臨床的には、患者は自分の対象と全体的な関係をもつことができず、それによって全体的な生命や創造性を回復することもできないというかたちで私たちはこれを経験する。なぜなら彼らは、自分の攻撃性が、全体的な関係を攻撃しようとただちに現れてくることを無意識のうちに恐れているからである。そして彼は自己の全体的な統合を達成することができない。なぜならその時には憎しみと直面しなければならないであろうからである。ここで、麻痺と仮死の状態において、ひとつの妥協が達成される。そこでは葛藤と抑うつが避けられ、対象は死ぬことも生きることもない。そしてそこで、患者自身は感情的に死んでもおらず、更に生きてもいない状態で彼の対象と同一化するのが見られる。