うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

きれいな夕焼けと、コロナ禍で地方回帰は大ウソ!? 何も変わらなかった「東京だけが勝つ」構造と、猛烈な台風2号、4月としては観測史上最強 なぜ発達?と、【つまり「この外側の層は、生命体として〈死ぬ〉ことによって、少なくとも〈刺激保護〉を突破するような強力な刺激に見舞われない限り、あらゆる内側の層を同様な死の運命から守っているのである」。】

 

 

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 今日は自分の受診で、前回の採血の結果が出ていました。久しぶりにはっきりと橋本病という言葉を聞きましたが、自覚症状が全くないので、実感が湧きません(笑)。元々橋本病よりだと言われていましたし、今更ながらですね(笑)。

 

 溜まっているニュースからです。色んなものが変化した中でも、変わらないものも沢山ありますね。でも、これ以上この状況が続くなら、より一層淘汰的なものが襲うのでしょうか?

天田浩平(株式会社エイマックス代表取締役

 

 

 気候変動なのでしょうか?地球の歴史のほんの一部分なのでしょうか?少し気になります。

 台風2号が、4月としては過去に類を見ない勢力に達しています。18日(日)の中心気圧は、気象庁の解析では895hPa、アメリカ軍による解析では888hPaとなりました。4月の時点で800hPa台の台風が発生したことは、これまで一度もありません。


 エレンベルガー『無意識の発見:力動精神医学発達史』を読みたいと思いながら、教科書を読むのに必死な毎日(笑)。速読が出来れば良いな~ぁと、毎日思いながらも、粘り強くしか今の自分には読めないので、取り敢えず時間があれば読ませて頂いています。やっとHIGH OUTPUTが読み終わりそうです。次はインテル戦略転換です.......。勉強にもレポートの課題にも使える内容が満載ですが、ビジネス書は読みなれていないのでやはりしんどい(笑)ですね。

 

 有機肥料も無機質にならないと植物や作物は根から吸収できないので、なんで無機肥料と言わないのか(笑)?有機肥料の方が有難みがありそうですね! 無機的なものになると言うことは、内在化されると言うことでしょうか?

   〜のモデルに従えば「生命をもつ有機体をもっとも単純化すると、刺激を受ける物質で構成される未分化な小胞として考えることができる。

 ると外界に接した表面は、その位置のために自然と分化して、刺激受容器官として機能するようになる」。これが「意識の発生」である。

 のようなモデル自体も興味深いものであるが、特に注目したいのは次のようなイメージである。

 激を受容する皮膜層を備えた生きた小胞について、まだ述べるべき転移がある。生命物質を包んだこの小胞は、非常に強力なエネルギーで満たされた外界の中を漂っているのであり、〈刺激保護〉を備えていなくては、、刺激の作用によって圧倒されるに違いない。

 の〈刺激保護〉の役割を果たすのが、小胞の一番外側の層である。この層は生命体に固有の構造を捨て、ある程度まで無機的なものとなり、特別な外皮あるいは膜として刺激を防ぐ機能を営む」。

 まり「この外側の層は、生命体として〈死ぬ〉ことによって、少なくとも〈刺激保護〉を突破するような強力な刺激に見舞われない限り、あらゆる内側の層を同様な死の運命から守っているのである」。〜 

今日のうたたねと、精神科の患者“コロナに感染しても指定医へ転院できず” 6割にと、電車賃が時間帯で変わる?と、【反復強迫は快感原則を凌ぐものであり、快感原則よりも根源的で、基本的で欲動に満ちたものと思われる。】

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  なんか、大したこともしていないのにバタバタしています(笑)。人を育てたいのとか、総会の準備とか、講義の予習とかありますが、それは日々のことなので、理由にはなりませんね(笑)。

 

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 午後からはすろーの湯に男子だけ行きました!

ブドウは花芽が出ていましたし、イチゴは一部だけ色づいてきました!春と言うよりも、初夏ですね! 

 

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 夕食後はギターを弾いていたら皆さん踊りだしたり、ニコニコされたり、リクエスト?が頻繁で出し尽くした感がありました(笑)。もっと新しい曲を覚えなくてはいけませんね.....。


 ニュースも沢山ストックがありましたが、何日か過ぎてしまうと、もう終わった気がしてしまいますね。本当はこれからなのに、そういう風にメディアに飼いならされてしまったのでしょうか?

精神科の患者“コロナに感染しても指定医へ転院できず” 6割に

精神科病院に入院中に新型コロナウイルスに感染した患者の6割余りが、感染症の治療体制が整った病院に転院できなかったことが日本精神科病院協会の調査でわかりました。

 

 下記は、秋学期の自分が出れなかった土曜日のレポートにあったような、ニュースですね。レポート課題だけ流れてきました(笑)。平日は2年生で土曜日だけ1年生。秋学期からですが。春学期は全てzoomでしたので受けることが出来ました!

 電車賃が時間帯で変わる?

大都市圏で、鉄道運賃の仕組みが大きく変わるかもしれません。曜日や時間帯で運賃が変わる「ダイナミックプライシング」を鉄道にも導入できないか、国が検討することになりました。実は鉄道各社も、実施に向けた“検証”に乗り出しています。運賃は高くなる?いつから始まる?国土交通省担当の真方健太朗記者、教えてください!


  読み返してみると、なんか凄いことが書かれていますね!次回が(もう忘れているのでw)楽しみになってきました。今は教科書やそれを補完してくれる本を必死こいて読んでいます(笑)。

  〜れでは、抑圧されたものを「想起」する代わりに、患者にはいったい何が起こるのか。そこで生じるのが、戦争神経症の場合と同様の反復強迫である。「患者は抑圧されたものを現在の経験として『反復する』しかないのである」。

 上の二つの事例における反復強迫は、場面自体はまったく異なる。しかし、共通していることがある。それは、それまでフロイトが大原則だと信じてきた「快感原則」(心的装置は快を求めるという原則)では、これらの反復強迫は説明できないという点である。フロイトは次のように考えるに至る。

  復強迫は快感原則を凌ぐものであり、快感原則よりも根源的で、基本的で欲動に満ちたものと思われる。しかし心にこうした反復強迫が存在すると想定すると、次のような問題を解明する必要が生まれてくるーー反復強迫は、どのような機能を果たすのか、どのような条件で発現するのか、これまで心的な生における興奮プロセスの推移を支配すると考えてきた快感原則と、どのような関係にあるのか」。

アンドルー・グローヴと、「生きがい」で食べていく人生マップ 今、あなたがいる地点は?と、【結果的に患者は、治療行為に対して、まるで治るのを拒否するかのように反応することになる。これは、別の場でフロイトが「陰性治療反応」と呼んだ現象である。】

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  今日の講義は、インテルCFOをされていた方でしたので、最初の授業でインテルの話を沢山してくれ、本の紹介もあり、価格を見たら(笑)安かったので購入しました。

 

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 今日は難しい講義があるので、休みを頂いていましたが、夕方の送迎だけ頼まれて行ってきました。少しうたたねを覗かせて頂いたら、女子が賑やかでした!

 夜勤が続くと、明けがあるので長い間、現場に顔をでしていない気がしました。やはり現場は良いですね!

 

 下記も今日教えて頂いたものです。

「生きがいで食べていく」とはどういうことか?

「ライフワークバランス」の背景にあるのは、“生きがい”を強化し、進化させていく考え方です。一時期ネットで話題になった、Ikigaiという図をご存知ですか? この図によると、生きがいとは以下の4つの交点によって生まれるものだということがわかります。

「That which you love(あなたが好きなもの)」
「That which the world needs(世の中が必要としているもの)」
「That which you can be paid for(対価を得るに値するもの)」
「That which you are good at(あなたが得意なもの)」

 

 陰性治療反応ってと、思い出しました(笑)。フロイトもいろんな方の視点で見てみると面白いですね!教科書を読みながらも、精神分析関係の本は読み続けています。

 〜ころがはこの技術と努力が行き詰まる地点で、決定的な知見が得られるようになったのでつまり「この方法によっても、無意識を意識的なものはするという目標は完全には達成できないことが、ますます明らかになってきた。

 者は自分の中で抑圧されているもの全てを想起することにできないのである。おそらくもっとも本質的なものこそが想起できない」。

 者自らが方法なことを想起できない以上、その本質的なことをめぐる分析医の話を実感をもって受け取れないのは当然だろう。「このために医者から伝えられた解釈が正しいものであるとは、どうしても確信できないのである」。

 果的に患者は、治療行為に対して、まるで治るのを拒否するかのように反応することになる。これは、別の場でフロイトが「陰性治療反応」と呼んだ現象である。

「下級国民の反乱」が世界を揺るがす 橘玲と、【当然予想されるように、その際、分析医は患者の根強い「抵抗」に出会う。そこで、この抵抗を取り除こうとして分析医は、「転移」を逆用するなど、技術の限りを尽くして努力することになる。】

  今週から大学院が始まり、年度初めでもあり、少しいっぱいいっぱい(笑)。

コロナも拡大しているし、毎日本当に気が気ではありませんね........。

 

  自分も下級国民なので(笑)、気持ちは良く分かります。オピオイドのも、ネオリベラリズムの影響なのでしょうか?

 

「絶望死」

 世界じゅうで平均寿命が延びているのに、アメリカの白人労働者階級(ホワイトワーキングクラス)だけは平均寿命が短くなっている。この奇妙な事実を発見した経済学者のアンガス・ディートンとアン・ケースは、その原因がドラッグ、アルコール、自殺だとして、二〇一五年の論文においてこれを「絶望死(Death of Despair)」と名づけた。

「絶望死」とは、「死ぬまで酒を飲み続けたり、薬物を過剰摂取したり、銃で自分の頭を撃ち抜いたり、首を吊ったりしている」ことだ。二人がその後の調査をまとめた『絶望死のアメリカ─資本主義がめざすべきもの』(みすず書房)によると、アメリカ社会は四大卒以上の「高学歴層」と、高卒や高校中退の「低学歴層」に分断されている。

 

 

 毎日、教科書を読みまくっています(笑)が、精神分析関連の本も読ませて頂いています。だらだらと(笑)同じような内容が続いていると思われているでしょうか?でも、この後に続くものに対しては、じわじわと効いてきます。

 このあたりから、転移⇆逆転移が表舞台に出てくるのでしょうか?

あたらめて、これは社会学の本からの引用です。

 〜らにフロイトは、別の場面でも、原理的に似た問題に直面していた。それは、精神分析治療における臨床的関係そのものにおいてである。

 五年間のたゆまぬ研究によって、精神分析技法の当面の目標は、当初とはまったく異なるものとなっている。当初は分析医が目標としていたのは、患者本人には隠されている無意識を解明し、これを構成し、適切な時期に患者にこれを告げることであった」。

 かし、このような「解釈」の作業は治療の第一歩に過ぎないことが分かってきた。次に必要なのは、「患者が自らの回想によって、この解釈を確認する」ことである。

 然予想されるように、その際、分析医は患者の根強い「抵抗」に出会う。そこで、この抵抗を取り除こうとして分析医は、「転移」を逆用するなど、技術の限りを尽くして努力することになる。

アトリエ・カーグと、今日のうたたねと、日本繁栄の起爆剤「メガリージョン」大前研一氏が考える2つの候補地と、【戦争神経症の患者たちに見られた特徴的な症状は、反復強迫である。】

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 今日はアトリエ・カーグの日で、同時に歌のないバンドクラブも行っていましたが、スマホ初心者の親分は沢山写していたのに、結局2枚しかないとのこと。バンドクラブは自分が写した、利恵さんしかありません。スミマセン。

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 自分は2時間エレキを弾き、ダウン症の方がドラムを叩き続けていました。

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 午後からは、またまた男子だけすろーの湯に行きました! 

まだまだコロナが終息しないので、一人ずつの入浴が続きます.......。

 

 星座のように、既に形が教え込まれているものを崩すと言うのは、非常に難しいですが、今はそんなことを言っている場合ではありませんね......。今日も月曜日から始まる講義に向けての勉強を兼ねたニュースになってしまいました......。

 ~あえて「日本はどうすればよいのか」という問いに答えるなら、まず「国家」という前提を捨てよ、と言いたい。国防、外交、金融政策は国家が担うとしても、それ以外の領域は国民国家を卒業し、新たな地域国家像を模索すべきである。そうしなければ、21世紀にトランスフォームして繁栄の方程式を手に入れることはできないのだ。~


  精神分析だけでなく、時代の流れが社会を否応なしに変化して行くので、柔軟性とかがとやかく言われますね。核兵器なんか使ったら地球が終わってしまうのに、なぜ人間というやつは、不安から逃れられないのでしょうか? やはり、人間は誰でも、生まれた時から病気を抱えているのでしょうか?

第1章 超自我は社会規範かーーフロイト第ニ局所論・再考
第ニ節 『快感原則の彼岸』ーー古くて新しいモデルの必要性 
 〜たな考察へ踏み出すに至ったきっかけの一つは、第一次世界大戦によって引き起こされた兵士たちの「戦争神経症」である。この大戦は、一九世紀までの戦争とは次元を異にする恐るべき新世界を人間にもたらした。

 の代表が、スピードと強度の空間に生身の人間が曝されるという経験である。急速に発達しつつある科学技術は総力を結集して新兵器を生み出してゆき、それが、かつてなかった身体的かつ心的体験を人々にもたらしたのである。

 神経症の患者たちに見られた特徴的な症状は、反復強迫である。元兵士たちは、戦場を既に去っているにもかかわらずは戦場での悲惨な体験を、たとえば夢の形で心的に繰り返す。それはまるで自らを過酷に処罰しているかのようにすら見える。

 兵士たちを突き動かしているもの、それは果たして快感原則に従っていると言えるのだろうか。

今日のうたたねと、リーダーシップに必要なのは理性より楽観主義と、【最近の社会学理論が、現実は二次的に構成されたということに強調点を置く姿勢を強めていることを考えれば、精神分析と社会学を、個人か社会かという違いを越え?、ラディカルな現実構成主義という姿勢によって架橋するのは必ずしも無理ではないように思われるのである。】

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 お昼は鉄火丼ぶり!皆さん嬉しそうでした!
 

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  午後からは、すろーの湯に男子だけ行きました。お湯がたまるまでブドウとイチゴの様子を見たり、雑草を抜いていました。そろそろ花芽が出て来そうですね。

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 まだまだコロナ禍が収まりそうにないので、個別入浴が続いていますが、その分ゆったりと入ることが出来るので、それはそれでいいのかも知れません。

 

  定性的な見方が必要な時代になりましたね!


 心理学化された社会への、一つの解答なのかもしれませんね。

 〜しかに精神分析社会学との違いは、まず何よりも、焦点を個人にあてるかそれとも社会にあてるかの違いにあるのかもしれない。そのような観点に立てば、精神分析社会学の架橋は、社会という大きな世界が個人という小さな世界の中へいかにして内面化されるのかという論点が中心とならざるをえないだろう。

 かし、これら二つの学問が現実というものを二次的と見るかそれとも一次的と見るかの違いが重要性を帯びてこざるをえない。最近の社会学理論が、現実は二次的に構成されたということに強調点を置く姿勢を強めていることを考えれば、精神分析社会学を、個人か社会かという違いを越え?、ラディカルな現実構成主義という姿勢によって架橋するのは必ずしも無理ではないように思われるのである。

昨日のうたたねと、Kokiriko Bushiと、「お金はもう希少資源ではありません」利益を広げる仕組みとはと、【 つまり、精神分析理論にとって現実とは、理論の基盤とすべき堅固な出発点ではなく、もっと根本的な基盤である快/不快から二次的に構成された産物なのである。】

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 昨日は一日早いたかちゃんの誕生日会があったようです!


  講義の参考書のルールメイキングを読んでいて、色々調べていたら下記が出てきました。民謡とテクノを上手いことミックスしていて、遅ればせながら、ファンになりました。


 もうガンガン教科書や参考図書を読みだしていて、戦闘モードに入っています(笑)。メールをやり取りさせていただいている方は二人とも優秀な方で、メールをやり取りするだけでも、知識のなさに、なんか恥ずかしい気持ちです.......。

 ニュースもそれに近いものに、どうしても目が行ってしまいます。

 「お金はもはや希少資源ではありません。今までの市場経済では、希少資源の中でも最たる希少資源であったお金をめぐって、投資を呼び込もうとみんなで争う、競争するというのが基本的な設計でしたが、むしろよほど希少なのは、そのお金を使ってうまく社会の役にたてられる人や組織です。根本的な問題は資本主義の限界にあります」。 コロナ後の社会において、世界経済フォーラムが提唱する「ザ・グレート・リセット」が想定する最大のリセットは、資本主義だ。「これからの社会は、何を大事だと私たちが考え、社会を再設計し、リセットするのか。一部の成功した勝者が「この成功は自分の能力と努力の賜物だ」と富を独占して威張るような社会は、取り返しのつかない格差と分断をもたらします。デジタル化による利益をひと握りの誰かが独占するのではなく、デジタル時代の国際公共財づくりに使うべきです」。


  もう、竹中先生、樫村先生の本を読ませていただいてから、何冊読んだのか?定かではなくなっていますし(笑)、車の中が本だらけ(笑)になっています。時間が少しでもあれば、読むようにしています。家ではどうしてもギターに気が向かうので(笑)。

 〜初の経験のイメージと合致するものは現実であり、そうでないものは現実ではないというわけである。これは実際上、十分に使えそうな指標のように見える?あるものが最初であるがゆえに確からしいと判断することは、われわれが常日頃行なっていることなのだから。
 かし、このような「現実指標」は、厳密に考えれば、不完全といわざるをえない。なぜならば、そもそも快感原則こそが一次的であるはずだから、最初は経験したイメージも、この原則に従って、現実的な対象という根拠に裏付けられのいないはずだからである。

 しも現実原則が一次的であると考えるならば、最初のオリジナルな経験は現実性の根拠になりうるだろうが、快感原則が一次的であると前提している以上、最初の経験のイメージは決定的な点で特権的ではありえない。

 のように見てくると、エディプス・コンプレックスの克服に伴う「現実指標」の登場とは、あくまで快感原則の「緩和」による現実原則への変形なのであって、快感原則とは質的に異なる新たな原則の登場ではないことになる。

 まり、精神分析理論にとって現実とは、理論の基盤とすべき堅固な出発点ではなく、もっと根本的な基盤である快/不快から二次的に構成された産物なのである。

いつものうたたねと、シュンペーターと、デジタルイノベーションと資本主義の終わりの始まりと、【この考えに従えば、人間とはナルシシズム的に閉じたひとつの系である。だが現実に外界が存在する以上、この系では生きていくことはできない。】

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  今日は夜勤! 遅番さんがあっと言う間に仕事をしてくれたので、皆さんと沢山触れ合うことが出来ました。皆さん笑顔で1日を終えることができ、感謝です!

  ドラッガーは、『すでに起こった未来』の中で、ケインズシュンペーターを比較していましたね。

 自分が一番心に残っているのは、違う本ですが、金を得るために、妥協してはならない。品位にもとる機会は、拒否しなければならない。さもなければ、魂を売ることになる」 ですね。

一般均衡[編集]

シュンペーターは、レオン・ワルラス流の一般均衡理論を重視した。初の著書『理論経済学の本質と主要内容』は、ワルラス一般均衡理論をドイツ語圏に紹介するものであった。しかし、古典派が均衡を最適配分として捉えているのに対して、シュンペーターは均衡を沈滞として捉えている。シュンペーターによれば、市場経済は、イノベーションによって不断に変化している。そして、イノベーションがなければ、市場経済は均衡状態に陥っていき、企業者利潤は消滅し、利子はゼロになる。したがって、企業者は、創造的破壊を起こし続けなければ、生き残ることができない。

 

 下記のニュースを見て、ふと思い出しました。

  ――まさにシュンペーターの提唱した創造的破壊をもたらすイノベーションがあちこちで起ころうとしているわけですね。  

  これほどの変化にはシュンペーターも真っ青ですよ! ただし、消えていくビジネスがある一方で新しく生まれる産業があるということも忘れてはなりません。見方を変えればチャンスだということです。  そのチャンスとは、これから新しいインフラ事業が始まるということです。第2次産業革命の時には電線を引き、ダムをつくり、高速道路を建設するのに40年にわたって多数の雇用を生みました。我々はそのうえでさらに20年間発展を遂げてきたわけです。第3次産業革命の準備として、再生可能エネルギーの地域ネットワークをつくり、すべてのモノにセンサーを取り付け、高速インターネット網を張り巡らせ、自動運転を整備し、ビッグデータの収集に備えることになります。これは大きな雇用を生む一大事業になるでしょう。気候変動が本格化する前に速く進めなければなりません。その間にパラダイムシフトを乗り越えて新しい経済のモデルができていくことでしょう。

 

 ――新しい未来に武者震いを感じますが、それと同時に、痛みを伴う変革となりそうです。  

 我々はいままさにパラダイムシフトの真っただなかにあるために、理解できず苦しむこともあるでしょう。シェア、効率化、再生可能エネルギー、ローカルで分散型の経済への移行は、頭ではだれもがわかっていることです。いまは理論から実践に移る痛みの時代に入っているのです。


 またまた改めて、社会学の本だよな!と思いました。一次というと、自分は一次愛のバリントを思い出してしまいますが、本家はこちらですね。精神分析が自分に内在化されたかどうかはまだまだ分かりませんが。、この5年間で150冊以上読みました(笑)。ギターも40年弾き続けていますが、全く上手くならないので(笑)、おそらく精神分析の方も........。早く閉じられた世界から、開かれた世界に行きたいものです。

   ~学的心理学草稿」の基本的仮定は次のようなものである。すなわち、心的装置には、あるイメージで外界の確固とした現実的対象の裏付けを持つものなのか、それとも、現実の裏付けを持たず心的装置の内部に由来する仮想なのかを判断するための仕掛けーー「現実指標」ーーがそもそも欠如していると。これが「一次過程」と呼ばれる状態である。

 の「一次過程」において重要なのは、あるイメージが外界の裏付けを持つか持たないか、言い換えれば、現実的か否かという二項対立ではなく、そのイメージが快をもたらすかそれとも不快をもたらすかという二項対立なのである。「一次過程」を支配する快感原則と呼ばれる所以はここにある。

 の考えに従えば、人間とはナルシシズム的に閉じたひとつの系である。だが現実に外界が存在する以上、この系では生きていくことはできない。

 神分析理論の中心問題であるエディプス・コンプレックスの克服とは、このように閉じられた状態から、現実に開かれた状態ーー現実原則が支配する状態ーーへの移行作業のことである。

今日のうたたねと、障害者施設 職員による虐待被害は730人余 過去2番目の多さと、【このように「現実指標」が効果的に働く状態が、現実原則に支配された「二次過程」である。】

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 朝、日勤で入ったら、女子たちがさやえんどうの筋を取っていました。お見事でした!

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  午後からは男子だけすろーの湯に行きました!

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 今日も皆さん笑顔で一日を終えることが出来、感謝です!

 

 現場で働く者にとっては、逆に利用者さんからの、暴言・暴力なども深刻なものになる時がありますが、ひたすら耐えるしかないようですね.......。

 虐待の内容は「身体的虐待」が53%、「心理的虐待」が40%、衰弱するほど食事を減らしたり、長時間放置したりする「放棄・放置」が7%などとなっていて、中には複数の虐待を受けた人もいたということです。

また、家族などの「養護者」から虐待を受けた人が1664人で、家族などが虐待と認識していない事例も目立っています。

このほか、職場の経営者や上司などから虐待を受けた人が、771人確認されたということです。

厚生労働省は、「依然として多くの障害者が虐待を受けているのが現状だ。早期に対応できるよう『虐待かもしれない』と気になったら自治体に通報してほしい」としています。 


 本は替わりましたが、内容は替わっていません。でも『現実指標』と言うのが出てきましたね。

精神分析社会学二項対立と無限の理論                                                                           竹中均著
序章
 社会学にとって「快感原則」が意味するもの

ーー現実をめぐる地と図の反転
 〜実原則はあくまで、快感原則の「緩和」なのである。すなわち、快感原則の方が一次的であり、現実原則の方は快感原則が変形を被って二次的に生み出されたものである。

  れは、社会学を含めた一般の認識とはちょうど逆である。社会学では通常、現実原則を一次的と捉えた上で、現実原則が当てはまらない例外的な現象についてだけ、たとえば快感原則のような特殊な原理を持ち出して説明しようとする。

  感原則の方が一次的だとする精神分析的な考え方に従えば、われわれがいかにして現実を認識するかについての説明もおのずから変わってこざるをえない。そのことを示すのが、「現実指標」(現実吟味)をめぐる議論である。

  実指標」とは、フロイトによって想定された心的過程であり、外界からの刺激と、そうではない(すなわち心の内部からの)刺激との区別を可能にするものである。  

  れによって初めて主体は、知覚したものと単に想像したにすぎないものとの混同、すなわち幻覚を防ぐことができる。このように「現実指標」が効果的に働く状態が、現実原則に支配された「二次過程」である。

イチゴの花とブドウの展葉と、今日のうたたねと、「お客さんのためになっている?」から問い直すと、【 このような、快原理に基づく心的装置内の量の機能様式は「一次過程」と呼ばれ、現実原理に基づく心的装置内の量の機能様式は「二次過程」と呼ばれる(p.39)。】

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 今日すろーに行くと、イチゴの花が咲いてました。気になってぶどうを見に行けば展葉始めてました!

 改めて春を感じました!

 

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  午後からは男子だけ、すろーの湯に行きました!

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 暑くなって来て、皆さん冷たいものが欲しい季節になりましたね!

 

 下記は就活ゼミの記事ですが、デザイン思考と今は言われますが、昔から良くも悪くも、同じだと思っています。アップデートしながらみんな成長してきましたよね?興味があることが書かれていたので、アップさせて頂きました!



デザイン思考では、仮説検証しながらアップデートしていくっていうのが、1つのポイントになっているんですね。


 やっぱり、社会学の方が書いた本には思えません。逆に心理学でもエスノグラフィーを使うようになって来ているので、当たり前と言えば当たり前なのかも知れませんね。と言いながら、しっかり勉強させて頂いています。今は春学期の教科書をとりあえず時間を見つけて読んでいます。少し焦って来ましたが(笑)。

  〜こで必要になってくるのが、外界を適切に認識し考慮することである。ただし心的装置の基本的で一次的な働きが快原理であるという前提を崩さない以上、外界の現実を考慮することは一次的な原理ではありえない。

  くまで、快原理何らかの変形を被って、そのメカニズムに部分的修正が加えられて初めて、現実を考慮する二次的な原理が出来上がるに過ぎない。フロイトはそれを「現実原理」と名付けた。

 のような、快原理に基づく心的装置内の量の機能様式は「一次過程」と呼ばれ、現実原理に基づく心的装置内の量の機能様式は「二次過程」と呼ばれる(p.39)。