うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

トウガラシと、干しシイタケ?と、【フロイトは本能の目標を緊張の放出であるとした。】

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 大家さんの玄関に、トウガラシが干してありました!色と形が大好きです。

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 夕食の食材を買いに行ったお店に、干しシイタケってポップがありましたが、どこにあるんだろうか?って探したらこれでした。これって、椎茸の軸の所でしょうか?何か不思議な感じがしました。地元の方の特有な食材なのでしょうか?

 

 体調を崩される方も出て来ましたので、首の周りにマフラーや、スカーフや、タオルなどを巻いて、首全体を暖めると風邪をひきにくくなりますよ!勿論、手荒いも必須ですね!

 

 

 下記を読んでいて、たしか死の本能の概念を臨床に適用した最初の精神分析家がメラニー・クラインだったような気がしましたが、下記にあるように、フロイトが本能の目標を緊張の放出だとしたのなら、本能の目標とは本能の充足であり,本能源泉における刺激状態の解消によってしか到達されないので、本能の対象とは目標を達する所のもので,外的なものである必要はなく,自分自身の肉体の一部であってもよいというのも、あながち間違いではありませんね。

 やはり、臨床人類学を読ませて頂いている手前、対象と言うのは社会的リアリズム等の影響を受けてしまうので、特異な形式の対象関係に特徴づけられてしまうのでしょうね。

 

 

  アイザックスがここで提起していることは、対象をばらばらにひきちぎるという観念は学習されるのではなく、むしろ、本能の目標に本来内在している、ということである。

 クラインが、乳児が出会う前から乳房を知っているのは「系統発生的な遺伝」(1952a,p.117 fn)による、というのも、同じ見方である。

 クライン派は目標という概念をフロイト(1905,1915a)の最初の用法より拡大した。フロイトは本能の目標を緊張の放出であるとした。アイザックスの用法はフロイトのものとは矛盾しないが、それを越えている。

 彼女は、どのような場合でも本能の目標は、対象との実際の体験によらない、特異的な情緒観念的な性質を含んだ、特異的な形式の対象関係性に特徴づけれている、と述べている。