うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

天王寺公園と、【私が詳しく探求している状況とは、〈病理的組織〉の保護を失うとき、患者が置かれる「視線にさらされている」と感じる状況である。】

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 時間がなくて、ゆっくりと大阪を満喫することが出来ませんでしたが、天王寺公園も、大阪城公園のように、面白そうな店が展開している様でした。古き良き時代の物もありながらの、新しい展開には大賛成です。全て新しい展開にすると言うのもありでしょうが、中途半端だと、結局直ぐに衰退してしまいますので、税金の無駄使いだしなんの面白みもないので、それこそやりたいことが分からない状態になってしまいますね。来月も慌ただしい中での大阪行きになりそうですが、安宿の位置を吟味して(笑)、短時間でも大阪を感じる事が出来ればと思っています。

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 大阪愛が強すぎて(笑)、大阪コーラ?を1本買ってしまいました(笑)。

その自動販売機には、外国から来られた方用に、小銭を構造化していましたが、自閉症の方たちへの構造化とまるっきり同じ手法ですね。外国に行った時に、公共の交通機関を利用する時に、一番困るのはこういう事ですが、逆に100円玉を2枚入れたら、おつりがどんな感じで出て来るのか?の絵もあれば、もっと早く購入できるような感じがします。名古屋では感じたことはありませんが、大阪に行くと、地下鉄の切符を買う時に、外国から来られた方々が、買い方が分からずに右往左往されていて、なかなか切符が買えない時があるので、外国から来られた方用の自動販売機とそれを説明する職員さんがいれば、外国の方々も安心して、且つスピーディーに切符を買えるように思います。

 




 

 大分前に中井久夫先生が訳されたサリヴァンを読んでいた時に、患者さんがこれで安心して病気が出来る、と言うような一節が有った様に記憶していますが、ある面自分の置かれている状況を自分がきちんと整理出来て、把握できたとしたら、それはそれで安心感を得られる一つの条件になりえるのかも知れませんね。「視線にさらされている」という感じも、自分が自分である、自分は自分のままでいいんだというようなことが感じられていなくて、自分の所在が分からないから来るような気もします。

 自分も生まれ故郷を歩いてみた時に、そんな感じがしました。自分のアイデンティティってなんだろう?それは、本当は言葉では言い表せないものなのかも知れないなと感じてしまった瞬間でもありました。無理して探すものでもなくて、自分の中から自然と出て来るものをアイデンティティとすれば良いのかな?と、最近は思い始めています。

 

 ~私が詳しく探求している状況とは、〈病理的組織〉の保護を失うとき、患者が置かれる「視線にさらされている」と感じる状況である。この状況は患者の盾になっている組織が弱まるときに生じる可能性があり、分析の進展の結果であることもある。その場合患者は自ら組織の保護する外に出ようと動き始める。さらに多いのは、患者はなお「組織を頼りにしている」と感じていて、「組織を失うことは自分が衰弱し破綻する危険信号である」と考えることである。