うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

明日のリハと、頭のいい人がまったく新聞を読まないワケと、【人が、いったん自分自身の衝動や実際にもしくは幻想において対象に対して状態がやったことを認識しそれに対する責任を取り始めると、それに伴う罪悪感は不可避だがそこでは対象への思いやりや修復の可能性も切り開かれる。】

 

 

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 夕方、明日のリハーサルがありました!生のドラムの音は良いですね!ギターはあまりで過ぎないように、トーンを抑え目に、コンプで粒を揃えてみました。キンキンとした高音も、低音が強調されるのだけを気をつけただけですが(笑)。直結でも良かったのですが、ギターの特性が出すぎるので、あえてコンプを挟みました。写真は親分なのでぼけています(笑)。

 

  昨日、夜勤前にネットのニュースを見ていたら、上記がありました。内容は納得できる個所と、納得できない個所がありました。まあ、当たり前ですね。人それぞれの立場とか、経験とか、知識とか、それをきちんと消化・吸収しているのか?情報処理の能力が備わっているのか?等々を鑑みれる、個人になることをまずは考えて、それに向けて努力をしなければ、何を読んでも、見ても、きちんとした判断ができるかが前提であるのは、みなさんご理解されているとは思われますので、強調することはなかったですね。本を読む時も、その本を書いた方の立場をまず考えてから読めと、学生時代に教えてくれたのは誰だったのか?すっかり忘れてしまいましたが、その言葉はしっかりと心の中に残っています。あなたは新聞を読まなかったよね?ってから、新聞に出ている記事をあたかも自分しか知らないように話してくれる方もいますが(笑)、自分にしっかりとした芯・軸があれば、ぶれることはないと思われます。

 

  下記は、抑うつポジションに入った状態を記述してくれていると思われます。抑うつポジションに入れるのも、自分が直面したくないことに対して、勇敢に立ち向かう力が(ワークスルーできる)必要なので、それを支援させていただくのが、自分たちの仕事だと思っています。治療ではなく、支援ですが、そういう風に考えるのは、非常に価値のあることだとも思います。

 

  こうして罪悪感と気遣いが姿を現す。人が、いったん自分自身の衝動や実際にもしくは幻想において対象に対して状態がやったことを認識しそれに対する責任を取り始めると、それに伴う罪悪感は不可避だがそこでは対象への思いやりや修復の可能性も切り開かれる。これに伴って、安心と感情の深まりも見るれるようになるのである。