アマガエルと稲穂と、今日のうたたねと、【 私はこの行き詰まりから抜け出す方策を見出だせないことが多く、自分の心の中の人物像に、自分に抱えたジレンマを理解してもらうことの必要である、と自覚した。】
朝、早めに出て本を読もうと玄関を出たら、アマガエルさんがいました。絵になっていたので写しました。作品にしたいですね!
送迎していたら、稲には穂が.....。コロナでなんか淡々と時間だけが過ぎて行っているような感じです.......。
まりちゃんは、個人レッスンを受けていて、終わったらまりちゃん特製のドリンクを飲まれていました。
りえさんは、ひたすら応援でした。
今日は、女子も男子もすろーじゃむの湯に行きました!
まっつんは、マイペースなのでいのうえっちが心配で覗きに来てくれましたが、今日は1つしか出来ていなかったイチゴを、遠慮なく一口で(笑)。
今日も何事もなく、笑顔で終われたこと。皆さんに感謝です!
ため息しか出なくなりましたね……。大学院生同士のディスカッションで、もしかしたらzoomのまま卒業するかもって話したら白い目で見られましたが(笑)、あながち間違っていないかも?と思う毎日です……。
互いに入れ替わって感情を投影しあうは、現場では毎日見られます。そゎに気づけるか?気づけないかで、きちんとした支援が出来るか出来ないが決まると言っても過言ではないと思われます。
考察
~抑うつ的な気分に触れている状態が妨げられやすいのは、分析家と患者が、互いに入れ替わって感情を投影しあうためであったと思われる。
それぞれがこどもを長く放っておく親に同一化すると、罪悪感を相手に投影し、放っておかれるこどもに同一化すると、恥と屈辱感を投影するのである。
私はこの行き詰まりから抜け出す方策を見出だせないことが多く、自分の心の中の人物像に、自分に抱えたジレンマを理解してもらうことの必要である、と自覚した。~