うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

カーグとバンドクラブと、【母親が自分の表象的世界に、心の一部でにせよ、非常に多くの時間専念していられる理由の一つは、母親が赤ちゃんよりも要領がいいということである。】


 今日は、カーグの日!親分が去年に、国際交流センターで、骸骨を借りる約束をしていたらしく(笑)、ちゃんと借りて来ていました(笑)。皆さん最初は、ちょっと恐そうでしたが、直ぐに慣れて描かれていました!


 こばちゃんは、二次元の箱の方が描きやすそうでした。


 ゆうちゃんは、一枚目は得意な飛行機!ひこうき雲を気持ちよさそうに引いていました!


 ゆうこちゃんは、丁寧に! 

 きんちゃんは、いつも通りマッスに!

 おかもっちゃんは、もう独自の世界観があり、圧倒されました!
 

 こばちゃんは、二枚目を描くとのことで、髑髏のTシャツを描かれていました! 

 利恵さんは、いつも通りの虹を描かれ、描き終ったら皆さんと食べる、ハロウィンのちょっと不気味なマシュマロに目が行っています。
美味しかったのでしょうか?自分は、カーグの時は、パシリで(笑)マックにみなさんの注文を聞いて走って、食べ終えたら、ゴミを捨てに走って(笑)。雑用係していますので、全容を把握できません。


 描き終ったら、皆さんで遊びました!








 バンドは、今日は大所帯(これでも休んでいる方がいましたが)だったので、中々まとまりが難しかったです。
しかし、皆さん元気に歌っておられました。
 ゲゲゲの鬼太郎は、1回で、ばっちりでした!
 利恵さんのリズム感は本当に良いので、前で立ってやって欲しいですね!
ちかちゃんの、ハーモニカも絵になって来ましたし、まあちゃんのピアニカもマイクで音を拾ったら、良く聞こえていました!
歌の方は、中心メンバーが引っ張ってくれていました。地道に練習をされている方がやはり強いですね!
 個人的には、ピンクレディのUFOも1回でばっちりっぽいので、やってみたいと思っています!

 修理に出していたアコースティックギターが、5か月ぶりに直ったので、明日夜勤ですが、朝のうちに浜松まで貰いに行って来ます。
アコースティック路線にしていったほうが、良い時期かな?とも思っています。
 PAが難しくなりますが、おかもっちゃんがいつも助けてくれるので、本当に感謝しています!




 ドラマーの師匠が、物足りなさそうだったので、AerosmithのWalk This Wayを早いテンポで弾いてみたら、激しいリズムで納得いくまで叩かれました。1曲は、こんなセッションもいいかも?です。
 自分は浅く広く、いいとこ取りの音楽(ソングライターを目指していたので)人生なので、突き詰めなければ、ロックでも、クラッシックでもそこそこ弾けますので、望むところです!








 今日は、早朝に車を置きに行ったので、マックで30ページくらい読めました。大事なことが沢山書かれていました。
アップは、復習ですが、同じような事(スターン著か、スターンの事を書いているかの違いだけですので。







  精神分析をしている時に、分析者が眠くなることが少なくないと、以前読ませて頂いた本に書いてありました。それも逆転移ですね。
それとは、少し意味合いが異なりますが、人間なんだから集中できる時間も限界がありますし、逆に一つの事ばかり考えていれば、どうにかなってしましそうですね。空回りできるから、心身ともに持つのだと思われます。
 『赤ちゃんとの相互作用は退屈であり、母親の心は空回りしていることが多いが、その時、部分的には表象の世界に入っている。』



 下記の様なことが、無意識に出来る人は、困難な事例にあったとしても、【行動の相互作用と表象的生活】を防衛的に切り替える事が出来るのかも知れないなと、ふと思いました。
 『人は一般に、主観的な水準で並行処理するのがうまい。養育している状況で母親は必ず、少なくとも2つの主観的空間で機能しているということを把握しておきたい。つまりそれは行動の相互作用と表象的生活である。この2つの間で移り変わっている対話は、その体験が母親にとっておよそどのようなものであるかを示している。』


母親が自分の表象的世界に、心の一部でにせよ、非常に多くの時間専念していられる理由の一つは、母親が赤ちゃんよりも要領がいいということである。赤ちゃんに食事を与えたり、遊んでいるときですら、母親の心はどこか他にあり、なおかつ乳児の注意を十分引き付けるような、よい相互作用を維持することができる。赤ちゃんとの相互作用は退屈であり、母親の心は空回りしていることが多いが、その時、部分的には表象の世界に入っている。 空想にふけったり、気が散ったり、夢中になったりという日々の体験を描写すると、このようにかなり複雑なことになる。人は一般に、主観的な水準で並行処理するのがうまい。養育している状況で母親は必ず、少なくとも2つの主観的空間で機能しているということを把握しておきたい。つまりそれは行動の相互作用と表象的生活である。この2つの間で移り変わっている対話は、その体験が母親にとっておよそどのようなものであるかを示している。 ところが、この移り変わる対話はあまりにも豊かで、変化に富み、動的で、気まぐれで、1秒ごとに、ときには100万分の1秒ごとに変わっていくので、活性化されたスキーマとその具現化を示す行為のどのような相互作用を、満足のいく方法で研究するのは不可能であることが判明した。一方をピンで留めたり、他方からすっかり切り離してしまうこともできないだろう。それにもかかわらず、この研究から実によく分かったことは、外部の出来事がどのようにしてスキーマを発動させ、そして活性化されたスキーマがどのようにして相互作用の出来事をそれとして明らかにするかということである。マイクロ面接が臨床的に魅力的で役に立つことが分かった一方で、この問題への補足的アプローチが必要なことも明らかである。〜