うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

ひーひー王子とねこさんと、 【『ほど良いgood enough』治療者の与える基本的に共感的な環境の中で、患者は、時折り起こる共感不全(微小フラストレーション)を通して『自分で目覚めてゆく』のです。】


 昨日の夜の散歩から帰ったら、ひーひー王子が、外に出ていたねこさんを追っかけていました(笑)。
いつもねこさんにふられてばかりです(笑)。飼い主に似ているのか?(笑)



 今日も、休みでしたが、慣れない夜勤者さんだったので、お手伝いをさせてもらいに6時に昨日と同様はいりました。
5時に起きて、朝食もなかったので、現場横のファミマで朝食を摂りながら、友人から頂いた本の、友人が関わった章を読ませて頂きました。
 日本の施設全体の問題でもあるな!と思いながら読ませて頂きました。
3回読み返させて頂き、自分の中に湧いてきたのは、一つひとつの事例で、基底欠損水準なのに、大半の施設はエディプス水準のやり方が、行われています。年齢相応とは言いますが、年齢と言っても、実年齢(身体的な)と精神年齢があるわけですし、その辺を本当に理解して行っているのか?自分が初めて働かせて頂いた施設の利用者さんが、日中の施設で、暴言・暴力が中々なくならない、と言いながら、始末書など、エディプス水準にいなければ理解できない事をしていたり、ヘルパーさんは絶対その人を崩そうともしないなら、万能感を軽減して行くことも、不可能なので、問題行動はなくなりません。
 ましてや、日中の施設だけで完結しようなんて無理な話ですね....。
友人の事例には、色んな理由で、家庭にも顔を出すように(アウトリーチ)するようになった事例も書かれていて、彼女の頑張りが手に取るように感じられました。彼女の頑張りとは逆に、バーンアウトしていく同僚.....。こちらも全体の話でもありますし、うちも御多分に漏れずです。彼女のメールの最後の文章が、心に残りました。『自分は、周囲から、頑張っているね!って褒めてもらいたくてこの仕事をしているのか?』そして、この事例は失敗だとも言っていましたが、全然失敗ではなく、改善されている部分も沢山あります。偉そうに言わせてもらえば、諦めずに繰り返し繰り返し、行い、ワークスルーすれば、問題行動は徐々に軽減して行くと思われます。自分も見れるのかな?と思った方を何名か見させて頂き、本当に重度の方は、食事も一口食べたらすごい勢いで離席してカーテンを引きちぎったりされてまた、一口.....。でも、諦めずに反復して(その方には最初、完全な基底欠損水準だと思っていましたが、見させて頂いて4年したら、外食も可能になり(一人の職員で3人くらい見るような)、今は、夜も一人で入眠できるようになっています。細かい支援はここではできませんが、諦めずにお互いが頑張ったからだと思われます。
 確か、この丸田先生の本の中に、新米の分析医でも、本当に熱意があるうちは、患者さんの状態は良いが、少しでも気を抜いたり、疲れたそぶりを見せたら、患者さんの具合が悪くなってゆく......。困難事例を抱えた現場で、職員がバーンアウトしないようにするにはどうしたらいいのでしょうか?自分的には、困難なほど、頭が使えるので好きですが、それは、あんただけだ!という批判も時々されます(笑)。
 話が逸れてしまいましたが、反復恐怖とか、繰り返し繰り返しとかの言葉が、精神分析の本を読んでいたらよく出て来て、これって行動療法的では?とかんじていましたが、コフートまで来ると、行動療法(認知行動療法も含む)とどう違うのか?精神分析が言葉(エディプス水準)を使うのなら、行動療法の初期は、まずは身体記憶と言っていた、子どもの分析家が言っていたことも、行動療法的ですね?
 特に乳幼児だと、明らかにエディプス水準にはいないから、まずは身体記憶になるのだと思われますが、これでは本当に両者の違いがわからなくなります。
 だから、スターンを次に読むことにしたんだと、今感じました(笑)。
下記を読むと、初学者には余計に精神分析と、行動療法の違いが分からなくなりました.......。



 明日は、本当の早番なので(笑)、早めに寝ようと思います。






第3部 症例

第8章 『スーパーマン・ボブ』
1,はじめに
 自己構造の本質的変化を生むものは、知的洞察cognitive insightではありません。精神分析的治療という共感的環境において徐々に成熟を続ける自己が、幼児期を再体験することによって起こる変容性内在化。その結果として生まれて来る微小構造の積み重ねが本質的変化を導くのです。 Kohut

 一般向けとはいいながら、専門家にとっても役に立ちそうな『自己愛人間』という本の中で小此木は次のように書いています。 「そこでふと気がついたことは、自己愛パーソナリティの研究家であるコフートの治療関係で重要なのはどれだけ患者の自己愛に共感し、いつどこで患者が美化したり正当化したりしているものに幻滅を与え、彼をイリュージョンから目覚めさせるかということです。この幻滅の苦痛を一つひとつ経験することを通して、もっとリアルな現実とのかかわりが育っていく。」 この短い文章の中にKohut治療理論の神髄が実にうまくまとめて述べられています。共感的対応の重要性。理想化化転移(美化)と鏡転移(正当化)の展開。そして治療場面で必然的に起こってくる共感不全empathic failureが引き起こす変容性内在化(現場の苦痛を一つひとつ経験すること)とその結果生まれてくる微小構造(もっとリアルな現実とのかかわり)。治療理論の骨組みがすべて包括されています。 治療者が持てる共感の限界、患者の中から湧き出る成長・発展への意欲、といった点に関して、Kohutの人となりをもう少し生かして小此木の文章に修正を加えすれば。共感不全が引き起こす幻滅は、与えようとしなくても起こる。どんな共感性の高い治療者でも、100%共感することはできません。『ほど良いgood enough』治療者の与える基本的に共感的な環境の中で、患者は、時折り起こる共感不全(微小フラストレーション)を通して『自分で目覚めてゆく』のです。