うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

利恵さんとマックと、【しかし、まもなく私は、こうした症状消失のほとんどすべてが一時的な成功をもたらしたに過ぎないことを知ります。】


今日は、日中の職員配置が出来ていたので、利恵さんと買い物ついでに、お昼をマックで済ませましたが、明日はカーグとバンドの日なので、お昼はマックでした.....。


 夕方、渥美まで送迎の帰りに、すろーじゃむに行って、換気と大きな机など持って帰って来ました。

 本は、早めに出てファミマで読みました。読んだのは、丸田先生の本ですが、アップはまだフェレンツィです。
現場でも、1回奇跡的に成功した事例を、普遍的な物のように発表したり、他の職員に話したりしたりする方がいますが(笑)、日によっても違うので、それが絶対的なことだと言ってはいけないように思われます。



〜私が精神分析の歩を開始することになったはじめの頃の試みをあざやかに思い出しますのでたとえば私のはじめての症例を覚えています。それは年下の同僚だったのですが、通りで出会ったところでした真っ青で明らかにひどい呼吸困難と闘いながら私の手をつかんで助けを必死に乞いました。息がつまりながらも伝えてくれたところでは、彼は神経性の喘息を患っていました。考えられるあらゆる手立てを試してみたのに今のところ何の効果もないと言います。私はとっさに決断してこの苦しむ同僚を私の診察室に招き、連想法への反応を提供するように促し、大急ぎで種をまかれ収穫されたそのときの連想素材の助けを借りて、彼の生活史の分析に没頭したところ、まもなく記憶像の数々が幼児期に被った一つの外傷を巡って集まりました。それは水瘤手術に関するものでした。病院看護師によって乱暴につかまれるところ、クロロホルムマスクが顔にかぶせられるところ、無理やり注入される麻酔ガスの効果から身をくねらせて力の限り逃れようとするところを、彼は現実のような生々しさで見、そして感じました。彼が外傷時に経験したに違いない筋肉緊張、冷や汗、呼吸困難を繰り返しました。それから夢から覚めたように目を開き、不思議そうに自分を眺め、喜びの声を上げて私に抱きつき。発作からすっかり解放された気がすると言いました。 当時記録することのできた他の多くの「カタルシス的」成功もこれに類していました。しかし、まもなく私は、こうした症状消失のほとんどすべてが一時的な成功をもたらしたに過ぎないことを知ります。私、つまり医師は、過度の楽観がしだいに醒めていくのを感じました。