うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

外食!と、速い神経と遅い神経(小ぶりの受容体と脱感受性)と、プレコックス感



 先日、ホームの方とショートステイの方で志都呂のイオンまで、外食に行きました。
 自分は午後から会議があり、皆さんを急かしてしまい、済みませんでした。
 思ったより早く到着し、買い物を楽しまれた方もおられました。
自分はKさんと一緒に700円(+税)のステーキを食べました。
おー贅沢してしまいました(笑)親分に怒られる.......。
 女性職員が食べていた、まりちゃんと同じ店のカツどんが非常に美味しそうに見えたので(笑)今度は精肉店のカツどんを食べようと心に決めました(笑)
 インフルエンザの警報が愛知県でも2月3日に発令しましたので、人混みを避けないといけませんが、この日のフードコートはお客さんが非常に少なくて助かりました。



 自宅周辺の梅はもう終わりですね。一枝頂く前に終わりそうです。

 2月は前半と後半が非常に忙しく(個人的に)明日から出張・会議・研修で手帳が埋まっています。
 強度行動障害の研修の氷山モデルワークシートは2名分作成しないといけませんが、うたたねはモデルには困らなさすぎて、誰をさせて頂こうかと、作成は10分くらいで出来ましたが、選ばさせて頂くのに時間が掛りました.......。

 



 年度末に向け、書類が山積する(アホなので)毎日......。
早くやってしまいます!
 

 読み終えた本ですが、まだまだアップさせて頂きたい箇所があるので、しつこくアップさせて頂きます。


先生から学んだ臨床作法
誓いと祈りと 糸川昌成より
速い神経と遅い神経(小ぶりの受容体と脱感受性)

 化学物質を受け取った後ゆっくりと電気信号を発する小ぶりの受容体(Gタンパク質共役型)は、化学物質が受容体に結合してから電気信号が出るまで10分の1(100ミリ)秒ほどかかります。一方、化学物質を受け取ると素早く電気信号を出す大ぶりの受容体(イオンチャネル型)は化学物質が受容体に結合してからわずか1000分の4(4ミリ)秒で電気信号を発します。
 石器時代の人類が、草原でライオンをいち早く察知して逃げるために、視神経(網膜)でライオンの姿をとらえてから、足の筋肉へ逃げるよう指令が届くまで、全て遅い神経伝達であるGタンパク質共役型受容体を使っています。進化論的に不利にもかかわらず、遅い伝達系である小ぶりの受容体を使用したのか。脳の部品の研究者として、私は中井先生が著書『分裂病と人類』で述べられた「兆候優位性」という言葉に惹きつけられました。
 小ぶりの受容体(Gタンパク質共役型)には大ぶりの受容体(イオンチャネル型)にない「脱感受性」という現象が起こることが知られています。「脱感受性」とは受容体が化学物質を受け取り続けると、電気信号が弱まってくる性質のことです。たとえば網膜にあるロドプシンという受容体は光を受け取ると電気信号を発しますが、同じ光刺激を受け続けると電気信号が減衰します。つまり「微分的」な応答をします。
 「微分的」とは〈見え始め〉に強く反応し、〈見続ける〉と反応が鈍くなることです。
 石器時代、我々の祖先が暮らしたサバンナにまばらにそびえるバオバブの枝ぶりは、見続けるうちに目にした瞬間より細部が淡くなって背景化します。
 臭覚受容体も、小ぶり(Gタンパク質共役型)です。春の沈丁花の強い香りも、夕立ち前の土ぼこりの匂いも、ふわっと匂ったかと思うと鼻がすぐに慣れて匂わなくなります。100ミリ秒という遅い反応にもかかわらず、「脱感受性」という性質を利用して微分的初期値に反応することは、「カモシカの足跡」「いつもとちがう雰囲気」「危険な予感」など微分値を察知するには適していた。我々の祖先は小ぶりの受容体を駆使することで、サバンナに潜むライオンやチーターに襲われる淘汰圧から逃れられたのではないでしょうか。





ドーパミン受容体
 そして、抗精神薬が結合するドーパミン受容体も、小ぶりの受容体です。ドーパミン神経は、限局しない広い脳を「遅い応答」によって調節しています。緊張や弛緩、集中と散漫、興奮と鎮静といった脳全体の調節と関連すると考えられています。ドーパミン神経が小ぶりの受容体を使うため、緊張や集中の調整は微分的に行われ、兆候を察知しやすい脳全体の調整そのものを小ぶりの受容体によって兆候優位に行っているのです。
 とすると、抗精神薬はドーパミン受容体を遮断することで、兆候優位性そのものを阻害しているはずです。統合失調症の患者さんが抗精神薬の服用を不快と感じるときがありますが、まさに、統合失調症に親和的な人の存在理由である「カモシカの足跡」が分からなくなってしまうからではないでしょうか。
 「ドーパミン受容体を遮断することによって幻聴や妄想が消える」とするドーパミン仮説の解釈は、「ドーパミン受容体を遮断すると兆候優位性が失われ、微分的神経応答が不能になることで幻聴や妄想反応が起きにくくなる」としたほうが腑に落ちる。ふと顔を上げて見渡したサバンナは、微分的なさざめきを失った光景にしか見えなくなる。微細な気配、胸騒ぎは遠のき、かつては謎めいて見えたはずだったバオバブの枝ぶりも、ただの幾何学的線描でしかなくなるー。




 昨日、プレコックス感について親分と話ましたが、難しい概念ですね。
色々な会議に出させて頂く機会に恵まれてきましたが、メタ的な考え方やソクラテスの『ドクサの吟味』的な考え方をお持ちの方が少なく、小さな世界観や感情論、自分の存在を守りたいだけの方があまりにも多いのに切なさを感じます。
 
因みにプレコックス感についてネットで分かり易い物を抜粋させて頂きました。

統合失調症でない人が統合失調症の人とふれあったときに感じる独特の感覚。感情の疎通が出来ていないような、奇妙な感覚。平たく言えば、「なんかいやな感じ」。熟達した精神科医には必ず感じられるものであるらしいが、疾患の診断をそのような主観に頼って良いものであるのかどうかは議論の分かれるところである。

プレコックス感」とは、1940年代にオランダのリュムケという精神科医が提唱した概念で、統合失調症などの患者と相対した、面と向かった人におきる、言いようの無い、なんとなくいやーな感じの事を示す概念。統合失調症などの患者が別の世界の人間のような、気持ちを通わす事ができないような拒絶感などの当惑した感じなどが、人と接していると感じる事ができずにこうした感情を抱くのだとされているこららは統合失調症などに付随する現象を考える際に必要であると考え重要なものであるととらえていたが、重症度や経緯などによりかならずしもおこる物ではないとリュムケ自身が後年になり言及している