うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

すろーの湯と、「赤チン」最後の1社が製造終了、最盛期は100社と、100円SHOPダイソーの商品がセブン-イレブンに コンビニ主戦場はオフィス街から住宅街へと、【ケアの場面において、「ふれる」と「さわる」を混同することは、相手に大きな苦痛を与ええることになりかねないのです。】

f:id:ka-gu:20201220153158j:plain

 昨日のドライブできれいなイチョウを見つけたので、写真だけ写しました。京都で若いころ良くしてくれた先輩の家に泊まって、仕事場に向かう時に、バス停の後ろにあったお寺のイチョウの黄葉が、石段の上に積み重なって、黄色の世界?に吸い寄せられて(笑)、バスを1本乗り遅れて遅刻したことを思い出しました。

f:id:ka-gu:20201220145726j:plainf:id:ka-gu:20201220145617j:plainf:id:ka-gu:20201220153310j:plainf:id:ka-gu:20201220145708j:plain

 今日は男子だけ、すろーの湯に行きました。もう一人おられましたが、足の指を骨折された方は、シャワー浴(脱衣場も浴室も暖房が入ります!)だけでしたので、写せていません。この状況下、一人ずつの入浴なので、人によっては嬉しいやら悲しいやらですね。ゆっくり入りたい方には良いのかも知れませんが、今日は5名だけでしたので、皆さんゆっくりされておられました!

 時代はどんどん変わって行きますね。


 MBAを一応(笑)学んでいるので、この手のニュースはチェックしておかないと、授業について行けないので、好きな分野ではありませんが、なるべく見るようにしています。結局、裏で動いているのは商社ですね.........。

 下記もそうですね!でも、テレビのコマーシャルは、ローカルなものになっているようにも感じています、。


  現場では、身体的な接触と、精神的な接触の2つに大まかに分けられますが、その間にも何かがあるように感じています。3大介助は当たり前ですが、精神的な介入も必須になりつつある今、ウィニコットの言う領域に双方が入れる環境や技術が必要な時代になっているのかも知れませんね。ウィニコットが再び脚光を浴びてきているのも必然でしょうか?下記は『手の倫理』からです。

 〜アの場面で、「ふれて」ほしい時に「さわら」れたら、勝手に自分の領域に入られたような暴力性を感じるでしょう、逆に触診のように「さわる」が想定される場面で過剰に「ふれる」が入ってきたら、その感情的な湿度のようなものに不快感を覚えるかもしれません。

 アの場面において、「ふれる」と「さわる」を混同することは、相手に大きな苦痛を与ええることになりかねないのです。

 らためて気づかされるのは、私たちがいかに、接触面のほんのわずかな力加減、波打ち、リズム等のうちに、相手の自分に対する「態度」を読み取っているのか、ということです。

 相手は自分のことをどう思っているのか。あるいは、どうしようとしているのか。「さわる」「ふれる」はあくまで入り口であって、そこから「つかむ」「なでる」「ひっぱる」「もちあげる」など、さまざまな接触的動作に移行することもあるでしょう。

 うしたことすべてをひっくるめて、接触面には「人間関係」があります。