うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

どこでもベープと、【これはアンビバレンス、喪失の恐れ、罪業感、対象を修復したい衝動をそのなかに含んでいる全体的対象関係を幼児が体験するのにほどよく自我が統合され、対象がほどよく合成されている発達でのある局面である。】


 蚊によく咬まれる?ので(笑)これを足に付けて現場で仕事をしていたら、職員さん達が医療器具だと思って、声が掛けられなかったと、先日初めて耳にしました(笑)

 宣伝をする気はありませんが(笑)どこでもベープです。
これをしていたら蚊に咬まれないので重宝していると話したら、早速買われた職員さんがいました。
バリアフリーデッキで、洗濯ものを干していたら、ぼこぼこにやられるので、忘れた日は大変です。
 ひーひー王子との散歩でも欠かせません(笑)
 アルコールをくるぶしから下に塗れば(消毒すれば)蚊に刺されないと、京都教育大学付属高校2年の田上大喜くんの研究がネットのニュースでも出ていたので、今度試してみようと思っています。効果があれば経済的で助かりますね!

 今日も早朝、ファミマでコーヒーを飲みながら本を読み、現場に入り掃除・洗濯の手伝いをして、事務仕事をやりました。
下記は、その時に読んでいた箇所です。やっと第2章に入りました。

 昨日のサリヴァンは、2年前に読み、アップさせて頂いたものですが、精神科医が診断におのれの面子を賭けるようになると、たとえば自己流の臨床診断によって〈水準低下を来すであろう〉と見立てられた分裂病者には、〔水準低下を起こしてもしかたないという〕冷淡な態度をとりつづけるだろう。それが現実に自分の病気の予後に対する患者の絶望を強める結果、患者がほんとうに水準低下を起こしてしまうことになりかねない。』は、福祉の現場でもありうる(あります!)ことですね......。一番してはいけないのに....と思います。
 精神分裂病統合失調症)の患者さんは退行してしまう方がいるというのも、本を読み続けて確信できたことだし(現場で感じていたことが)、勉強もギターもアートもしつこくやり続けなければ、感覚なんて直ぐにどこかに行ってしまいます。そう思って、残り少ない人生を(笑)生きて行こうと思っています。

 仕事を終え、今日もジムに行き、体を追い込んできましたが、トレーナーの方に薦められボクササイズみたいなものに参加させて頂きましたが、(柔軟運動やストレッチ、筋トレ後に)久し振りに息があがりました(笑)これぐらい追い込まないといけないのかな?と思ってしまいました(笑)筋肉量はアスリートレベルとの診断を受けましたが(笑)お腹まわりに脂肪がしっかりついていて(笑)体型が幼児体型みたいとの診断もでていました(笑)身体に障がいをお持ちの方の入浴介助が一人でできるのは、そういうことだったんだなとも思いました。
 

 メラニー・クラインの復習は、何度しても新鮮さがあるのは、自分が完全に理解できていないからかもしれませんね(笑)
ロゼンフェルドからハンナ・スィーガルに入りました。


まとめ
 私は、治療の成功を主張するためではなく、分析によって精神分裂病者を治療することをめざし精神分裂病の精神病理をもっと理解したいと思っている全ての分析家の手助けとなり励ましとなるために、この重症患者の分析の一部を記録してきた。私の思うところでは、精神分裂病者の精神病理をくわしく意識的に理解することはとても重要である。なぜならば、これによって私たちは、転移分析において、彼らの発言や行動についての私たちの無意識的な理解を十分に利用することができるようになるからである。 超自我とその発達や起源の問題は、精神分裂病ばかりではなく神経症そのものにとっても重要である。超自我の早期起源と最早期の不安に関するメラニー・クラインの研究はこれまで多くの分析家によって受け入れられてきたが、全ての分析家に受け入れられている訳では決してない。これらの起源が幼児期最早期に見い出されるはずであるという彼女の見解について彼らが抱く疑念のあるものは、ある素材が属している発達期を査定することが難しいことから生じている。とても幼い子どもやひどく退行した精神分裂病者の分析がこの問題をもっと明らかにする手助けになるだろうことはこれまでもしばしば示唆されてきている。
 私は、深く退行した精神分裂病者の転移分析が可能であり、それによって最早期のとり入れられた対象群と彼らの超自我機能を明らかにすることができることを描き出そうと試みた。





2.精神分裂病者での抑うつ
      ハンナ・スィーガル

 本論文は1956年の国際精神分析誌37:339-43で初めて出版された。

 この論文の論題は、発達の過程で精神分裂病者は抑うつ態勢に到達するのだか、それに耐えられず彼らの抑うつ不安を投影することによってそれを取り扱うということである。これは、彼らの自我の大部分を対象のなかに投影することによってのみなされうる。つまり、投影同一化によってである。ここでメラニー・クラインによって記述された抑うつ態勢について述べておく。これはアンビバレンス、喪失の恐れ、罪業感、対象を修復したい衝動をそのなかに含んでいる全体的対象関係を幼児が体験するのにほどよく自我が統合され、対象がほどよく合成されている発達でのある局面である。投影同一化という用語によって、自我の一部が排除され、対象のなかに投影されることと、その結果として対象についての知覚が変化することと同様に自我にとってその部分が失われることといった過程を私は述べている。
 精神分裂病者の精神分析療法の過程では、彼のもつ抑うつ感情とそれらから湧き上がってくる償いをしたいとの願望に彼が気づくようにすることは大変に重要である。治療が進み、いくらかの妄想性不安、理想化や分割の過程が分析されると、患者の短い期間ながら抑うつ不安をより頻繁に体験するようになってくる。一般に、彼はこうした不安を投影同一化によって取り除こうと試みる。しばしば、患者の自我の抑うつ部分が分析家のなかに投影されていることが見出だされるし、その投影を成し遂げるために分析状況を用心深く裏で操作することを患者はもっぱら行う。そうしたやり方で分析家のなかに抑うつ感情を呼び起こすように企てている。それゆえ、抑うつを体験する能力をもつ彼の自我の部分がどこに、そしてどんな境遇のなかに投影されているのかを見つけ、それを患者に解釈することは大変重要である。