うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

ガマズミと台湾のお土産と、(笑)と、【しかし同時に、患者の粉々になっている自我の小さな断片が、治療者の自我に同一化するかもしれません(そこでは、患者の恐れについての治療者の理解、が患者に染み込み、そして、患者は、治療者の自我を、良い対象として取り入れうるのです)。】


 夜勤明け、チャリティーを覗いて来てから、ガマズミを投げ入れました。
飾った後、家主さんから頂いた、台湾のお土産を、煎茶で頂きました。


 現場にもバンバン入りながら(笑)来年度に向けての書類を沢山作っていて、少し疲れ気味の所に、ピンタレストが送られて来たので、開いたら笑ってしまいました。
自分は、忙しい時ほど、ブログの更新を絶対やってやろうと、ひねくれ根性が出てしまっています。(笑)

 夕食後、左の肩こりが治らないので、ジムに行き、ストレッチと筋トレをやってきましたが(笑)全然改善しませんでした。
身体を動かしている時は、不思議と痛みがないので、不思議です(笑)




 本は、名古屋行きの電車で読んだ箇所です。
良い対象のヒントがありますね!
 下記は、患者から貰うのは、投影ではなく、取り入れという形でないと(自分の解釈では、投影は受動的で、取り入れは能動的な感じがしています。)患者の内在化された良い対象にはなりえないという事を、説明してくれている感じがしました。


5
 〜しかしその他に、おそらく一般的にいって、精神病の症例では、特に患者のイドに同一化する傾向があります。事実、同一化の対象としての患者の自我を見つけるのは、ときに困難です。この傾向は、一次的な愛−憎段階での、自己愛的同一化によるものでしょう。それでも、この段階は、対象−愛へと変形しやすいものなのですが。広範囲にわたって未統合の人格は、強力な刺激となって、分析者の中の、最も深く抑圧され慎重に防衛された、危険地点に触れてきます。そして、それに相応して、分析者の防衛機制の中の、最も原始的な(つけ加えると、最も効果的でない)防衛が呼び出されます。しかし同時に、患者の粉々になっている自我の小さな断片が、治療者の自我に同一化するかもしれません(そこでは、患者の恐れについての治療者の理解、が患者に染み込み、そして、患者は、治療者の自我を、良い対象として取り入れうるのです)。その後で患者は、現実と接触できるようになりますが、それは、治療者がしている現実との接触、を介してなのです。そうした接触は、最初は、一時的で壊れやすいのですが、外的世界の取り入れと、その再投影が増加する過程を経て、強化され拡大されていきます。それとともに、もともと治療者から得たリビドーの外的世界への補給が、次第に増えていきます。〜


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 〜分析者は、しばしば無意識的に、両親とまったく同じように行動します。つまり、煙幕を張って、子供たちをじらし、それでいて、見ることを禁じているまさにそのものを、見るように誘うのです。逆転移に言及しないのは、その存在を否認したり、患者に、逆転移について、知ったり話したりすることを、禁じることと等しいのです。〜

〜患者にとって大きな安心感を与えるのは、両親の非合理的な行動が、自分個人に向けられたものではなく、すでに祖父母から両親に転移されていて、それが患者に転移されたものだということに気づくことです。分析者がしているのは、両親と同じことを、小規模にしているのだと分かれば、患者は、自分の理解に確信が得られ、他のどんなことがもたらすよりも、分析の全経過にもっと耐えられるようになるのです。

ある種の逆転移感情の出現は、一種のシグナルであり、外傷的な状態が近づいていることへの警報として、不安が高まるのと同種のことだ、というものです。わたくしの理解が正しければ、彼女が描出した混乱は、確かに、事実、不安です。しかし、それは、正当で、客観的な二次的不安であり、何が生じようとしているのかについて、より強く警報を発したり、気づかせてくれるものです。彼女は特に自分の意見として、逆転移の解釈は、最も巧みに回避されてしまう、と述べています。
 しかし、不安は、まず何よりも、他の目的に奉仕するのです。不安は、主に、実際の外傷を扱う方法なのです。能力が及ばず、どんなに効果がないとしてもです。認識と観察を伴った、この二次的不安が、より原初的な種類の不安を、非常に巧みに覆ってしまう、ということが起こり得ます。意識下の水準では、分析者と患者は互いに、相手のパラノイド的不安や迫害感に敏感なので、両者に、そうした不安や感情が、いわば同時に起こる(つまり、一致した)ようになり、その結果、分析そのものが、防衛として、両者に利用されるようになるのです。すなわち分析者は、取り入れによる患者との同一化から、投影同一視へと回転し、そのため、わたくしが先に述べた、時間と空間の距離の感覚が失われてしまいます。一方、患者は、取り入れによる同一化によって、自分を防衛するのです。分析者に、迫害的な対象を投影できたのに、そうしないでです。〜