うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

うたたねお化け屋敷(笑)と、【メラニー・クライン トゥデイ①】


 夜の入浴介助などが終わり、外で洗濯物を干していたら、まさくんが手招きしてくれていました!

 2回目を干し終わって、食堂に行ったら、まりちゃん主催のお化け屋敷をやっている最中でした(笑)

 3回目の洗濯を干している時も、まだ続いていたようです。(笑)
皆さんの楽しそうな声が聞こえていました。

 今日は、少し時間があったので、早番に近い時間に現場に入り、掃除だけほんの少し手伝って、用事の合間に本を読ませて頂きましたが、本当に探し求めていた『メラニー・クライン トゥデイ』に入ることができました。
 いきなり勉強になるので、アルバレズの本のように、じっくりと読みたいと思っています。
今日は、遅番で少し入眠が難しい方がおられましたが、動きが激しいので、まず動きを手を添えて段々ゆっくりにしていき、密着気味だった体もそれと同時に少しずつ離していったら、クールダウンできて、入眠に向かうことができました。
 赤ん坊を寝かす時みたいで、タヴィストックの方法のようですね。じっくりその方を見させて頂いたら、誰でも色んな発想が生まれてくると思っています。とりあえず、利用者さんと仕事が本当に好きでないと、そこまで到達するのは、無理かもしれませんが......。



メラニー・クライン トゥデイ① 精神病者の分析と投影同一化  E・Bスピリウス編 松木 邦裕監訳


展望
 〜クラインの業績すべてをもたらした決定的な体験は、それが子どもたちの研究と治療から始まったことです。このことが基礎なのです。それが彼女の業績に特別な緊迫性を授けています;それが無意識の空想が意味しているものを把握する彼女の能力を高め、全開させました。それと同時に、子どもを空想と心的機制との一揃いではなく、ひとつのまとまったものとして、手に負えない力と格闘している人物として見ていくことをクラインは怠りませんでした。子どもたちと働いていくなかでの臨床素材は、説明を要する一連の事実を彼女にもたらしましたし、そこからついには、新しい理論を発展させることになりました。しかしながら、クラインには、理論を築くことそれ自体が目的なわけでは決してありませんでした。それは、子どもたちだけでなく、大人の患者たちとの作業においてあらわになった事実を、より理解できるものとするためのひとつの手段でした。 クラインの同僚や後継者たちは彼女の態度に鼓舞されましたし、彼女の基本的な方向づけについていこうと努めました。彼女が始めた業績のいろいろな方面が探究され続け、さらに進展しました。洗練され、補充されたものもありました。新たな臨床事実も見いだされました。とりわけ、それは精神病患者たちの治療においてでしたし、それが新しい概念をもたらしたのでした。しかしながら、それでも彼女の最も重要な概念によっては、常用されているにもかかわらず、後継者たちによって改めることはほとんどなく、発展させられてもいません。無意識の空想、内的体験群や内的世界についての彼女の特有の見解、本能理論や対象関係についての方向づけ、死の本能や羨望についての見解、そして、防衛についての彼女の業績の多くがこのカテゴリーに入ります。これらの考えはノン-クライアンからは批判されてきました。そして、それでも、クライニアンたちはそれらを正しく、有用なものと感じてきました。おそらく、それらの概念がのちの業績のなかでもほとんど矯されなかったことから、それらについて規模を広げて書く必要を感じなかったのでしょう。とくにこれらの主題についてのクライン派分析家による論文は、それらを発展、拡大させるよりはむしろ、それらが現在使われているものとしてのクラインの見解を詳述する目的で書かれてきているようです。



 〜クラインの見解では、本能は本質的に対象群と結びついているので、外界対象群との関係は、心的活動がいかなる形にしろ可能となってくるやいなや無意識の空想の中心になってくると仮定されています。個人は生まれたときから、不安を感じる能力とその不安をかわそうと努める心的能力とを含む萌芽-自我を持っているとクラインは考えています。同じように、新生児は外界や空想のなかで対象群と関係していく能力の萌芽をもっているとも考えました。もっとも、外と内とを識別する能力は始めはとても限られたものであることをはっきりと彼女は示しています(M.Klein 1942)。空想のなかでの投影、とりいれ、そしてこれ同一化の絶え間ない働きを通して、対象群と自己から成る内界は築き上げられ、それは、生涯を通して、外界での出来事に意味を授けるものとして使われています。



 〜精神分析理論へのクラインの大いなる貢献は、妄想-分裂態勢と抑うつ態勢についての公式化です(M. Klein 1935,1940,1946;Segal 1973も参照)。クラインは臨床家としては素晴らしかったが理論家ではなかった、とときおり言われています(Meltzer 1978,Mitchell 1986)。これは、妄想-分裂態勢と抑うつ態勢についての理論の公式化が多くの分析家の心的発達や心的機能についての見解を改めさせる、クライニアンではない多くが分析家を含めたたくさんの人たちの見解に影響を与えてきているとの事実を見過ごしているものです。これらの概念は、たくさんのそれからの業績の出発点であり刺激の源泉となっている、将来のおおいなる発展の基になる公式であったことが証明されました。 クラインは、抑うつ態勢を、一般に幼児期の4〜6カ月のあいだに発達し、しかし、生涯を通して完全にはワーク・スルーされることなく続く、特徴的な不安、防衛、対象関係のひとつのコンステレーション(集まり)と理解しました。クライン派の分析家は誰もがこの概念を彼らの仕事の基本と感じています。クラインはそのなかで、全体対象を形作るための部分対象群の統合と、個人が自分の愛情と憎しみの感情を同一の対象に向けていることを苦痛を感じながら認識することを抑うつ態勢の際立った特徴として描いています。その対象への思いやりという主題はその考えの中核です。これらの特徴はクラインの同僚たちによって維持され続けています。けれども、精神病やボーダーライン患者やひどく羨望に充ちた患者たちでのその概念の使用によって、抑うつ態勢のもうひとつのホール・マークである対象の分離性や独立性の認識に徐々に力点が置かれるようになってきました。思索や芸術的な渇望についての研究も、抑うつ態勢と象徴性思考や創造性との間は存在する親密で本質的な関係を示しだしました(Segal 1952,1957,1974)。 おそらく、あるいは意味では表面的な特徴なのかもしれませんが、クラインの業績のもっとも際立った特徴のひとつは、幼児が無意識に心を奪われていることのなかでの最早期の対象群としての解剖学的な部分対象群、とりわけ乳房やペニスへの注目です。小さな子どもたちや大人の無意識でのそれらの持続する重要性にこのことの根拠を置きました。乳房は幼児の母親についての初めての体験でのフォーカスであり、ゆえに、ある意味では乳房が母親であり、乳房は事実上母親の表象として使われることにこの重要性の根拠がある、と彼女は考えました。


 〜最早期の幼児期に特徴的な不安、防衛、対象関係の集合としての妄想-分裂態勢というクラインは概念は、同僚たちには刺激の大きな源のひとつでした。1950年代での特別な関心は、妄想-分裂態勢についての彼女の考えを精神病の患者たちの分析に応用することへと発展していきました。それは、なかでも、混乱状態やナルシシズムについてのロゼンフェルドの業績、象徴性についてのスィーガルの理論、思索についてのビオンの業績といったたくさんの業績をもたらしたとても実り豊かな検索でした。精神病患者や普通の患者の精神病面についてのさらなる業績は、妄想-分裂態勢での不安と防衛、なかでも、分割、投影同一化、断片化、とりいれ、理想化といった防衛についてのクラインの叙述を確証したのでした。クライニアンの思索や仕事にはほかの防衛も同じように重要なのですが、投影同一化がたくさんの業績や著作の中心になっていきました。


 〜最後になりますが、クライン派技法において重要な発展や概念化がありました。クラインのアプローチであるひとつの中核的な側面ですが、比較的最近になって後継者たちによって著され始めたものです。ある分析家たち、なかでも、ベティ・ジョセフは、情緒のふれあいや変化を育むひとつの手だてとしての転移のなかでのアクティング(行動すること)の分析にとくに焦点をあてています。おそらくジョセフの考えに影響されたのでしょう。ほかの同僚たちも技法についての自分たちの考えをもっとはっきりと語り始めています。