昨夜と今日のうたたねと、世界中が衝撃を受けた「戦争広告代理店」の実態と教訓と、【トラウマの画像は、そこに繰り広げられている情景の持ち主を求めて浮遊する。】
昨夜は音楽で楽しみ、今日はサンテパルクが休みだったので、人が少ないと思って散歩に出かけました。空いていて安心しました。
帰宅する際にはお月様がきれいでした!
下記は、東浩紀氏と大澤真幸氏の対談集『自由を考える』にも出ていたボスニアの内戦の話です。お金さえかければ世論を味方にするのは簡単なのでしょうか?そんなのに騙されないようにするにはどうすれば良いのか?
戦争広告代理店」という本当の意味
「そもそもこの書籍のタイトルは、編集者がつけたものです。本の中で『これはPR会社の話で広告代理店の話ではない』といった説明を数ページにわたって書いているように、内容的には『戦争PR会社』だと思います。
しかし、一方で日本人には『PR会社』という存在があまり馴染みがありません。編集者からも、これは『戦争+広告代理店』ではなく、編集者からは、『戦争広告+代理店』という意味だと説得されて、最終的にこのタイトルに落ち着きました」
ノースカロライナで一緒だった心理職の女性は、クライアントの乳幼児時代からの人形を作ってどの時点での退行が問題だったのか?を探ったことがあると話してくれました。下記を読ませて頂いていたらふと思い出しました。
浮遊する画像 〜トラウマの画像は、そこに繰り広げられている情景の持ち主を求めて浮遊する。キャシー・カルースは、この事態を指して「持ち主の現れぬ経験」(“unclaimed exprience”)と呼んでいる。
トラウマ画像は、引き取り手の現れるのを待っている手荷物のようだと、カルースは言いたいのかもしれない。そこで、現実にはあり得ぬものとして浮遊する画像を、実在するレファレントとして獲得することからトラウマへの取り組みは始まる。
その手段の一つとして、その画像に修正を加え、現実にありうる可能性を付加する方法がある。例えば、十七歳のとき、コレラの流行を体験し、死体が裸のまま積み上げられている画像に取り憑かれ、外傷性神経症に陥った女性がいた。この女性は、始まるの死体の代わりに、衣服をつけた死体の画像を思い描くという治療によって症状が改善されたと報告されている。~