たくちゃんだけ、オリンピックを楽しんでいると、写メが来ましたが、たくちゃんは野球が大好き!
今から非営利組織経営論が始まりますが、その講義に使っているのは、ドラッガーの『非営利組織の経営』です。ドラッガーは日本文化に精通していましたねと、思い出しながらニュースを見ていたら、下記がありました。先日も似たような記事がありましたね。欧米には欧米の良さが、アジアにはアジアの良さがあります。
ドラッガー学会と言うのがあったのですね!時々覗かせて頂きます!
毎朝のルーチンをと思い、外に出てファミマでコーヒーを買って車に戻ったら、今読んでいる本がないことに気付きました(笑)。ずっと車に乗ったままの本が何冊かあるので。小此木啓吾先生のを手にしたら、自分が現場で大事にしていることが、簡単に書かれていました(笑)。勉強不足がまたまた露呈(笑)。
自己愛人間 小此木啓吾著
プロローグ 自己愛は誰にでもある
幻滅体験に出会う自己分析の試み
〜かつて米国ので精神分析医K・メニンガーは『人間の心』という啓蒙的な精神衛生書の前書きでこう述べています。
「もしこの本を読んで自分もノイローゼではないかと、少しおかしいのではないかと思うひとは正常である。この本に書いてあることは何も自分に思い当たることはない、これはおかしい人たちが花だと思う人はすぐに精神科医のところにきてください」
私は本書が描き出している自己愛の心理と自己愛人間の生き方についてもまったく同様の助言をしたいと思います。実は本書をつくっていく途中で私自身何となく元気がなくなりました。周囲からも最近やつれたとか疲れているようだといわれます。私も、そして周囲まかなり典型的な自己愛人間だと私のことを考えています。それだけに自分の活動のエネルギー源になっている自己愛の実体が本に書いているうちにいままで以上に明確にみえてきたからです。
そのたびに私は私のエネルギー源になっていたイリュージョンから醒めてしまいます。醒めると、もうその自己愛はエネルギー源にならなくなってしまうのです。憂うつなったり無気力になったりしてしまいます。それまで自分に都合のいいように正当化したり美化したりしていたさまざまな営みが、すべてまことに自己愛で自己中心的なものだったという受け取り方が広がっていきます。
そしてほかの人たちとのかかわりとか学問的・社会的な意義づけとかがすべて何かしらけた空しいものに感じられます。
そこでふと気がついたことは、自己愛パーソナリティの研究家であるコフートの治療論です。コフートの治療関係で重要なのはどれだけ患者の自己愛に共感し、いつどこで患者が美化したり正当化しているものに幻滅を与え、彼をイリュージョンから目覚めさせるかということです。
この幻滅の苦痛を一つひとつ経験することを通して、もっとリアルな現実とのかかわりが育っていく。私自身もこの本を書くこと自体が、そうした自己幻滅体験に出会う自己分析の営みだったようです。〜