ヴァレンタイン・クッキーと、新型コロナワクチン 国内初の正式承認 米ファイザー製 厚労省と、コロナ医療逼迫を予見した経済学者・宇沢弘文 ベーシックインカム批判と「社会的共通資本」論
今日は本当はカーグの日でしたが、中止でしたので、ホームの方でやりました。クッキーはボランティアさんが、パウンドケーキは主任さんが作ってくれました!
午後からは男子だけ、すろーの湯に行きました!
梅もキレイに咲いていました!
このワクチンが本当に効果があれば良いですね!
宇沢先生の名前が出ていたので、覗きました! ベーシックインカムは、難しいですね。基準をどこに設定するのか? 議論が尽きないですね!
■ベーシックインカム論の前提は「必需品も市場供給」 とはいえ、現在の日本では物的資本が賄えたとしても、治療のための技能を備えた医療従事者を早急に準備することが難しい。その点は、新型コロナウイルスの感染第3波で明らかとなっている。おそらくこうした固定性は医療にかかわらず、日本の産業のいたるところに存在するのではないか。その意味で宇沢の所得分配に関する分析は、現在の日本経済については妥当すると考えられる。
そして社会的共通資本は、この社会的不安定性を防ぐ装置として位置づけられる。ベーシックインカムというのは、必需品も選択品と同じく市場経済の中で供給されることを前提としている。これに対し、むしろ必需品の供給は営利企業に任せるのではなく、社会的管理のもとにおき、その消費について格差が生じないようにすれば、選択品について効率的に資源を配分することも可能になるのではないか、というのが「社会的共通資本」の考え方である。
能力の開拓と言っても、個々の身体は違うので、それぞれにあるということですね。当たり前ですが、支援方法も基本さえ押さえていれば、個々の能力でいろんな形が出来ます。基本はきちんとしているということが前提ですが。
〜ヴァレリーが「能力の開拓」と言うとき、それは個々の人間の能力ではなく、人間という生きものがもちうる能力の開拓を意味している。
もちろん、普遍的で抽象化されているといっても、読者がその行為を通じて獲得するものである以上、「能力」は個々の読者の身体によって実際に感じられるはずのものである。〜