朝のお月様と、今日のうたたねと、構成主義のポスター130点でコミュニケーションの可能性を探る。東京都庭園美術館で「20世紀のポスター」展が開幕と、感染者数の推移をグラフにしましたと、【こうして読者は作者とではなく作品と向き合い、その価値を積極的に作り出す消費者となる。この考えを突き詰めていけば、作品の価値は消費の文脈次第ということになろう。 】
今日は、日勤でしたがお月様がきれいでした!
今日はドライブや、室内で音楽などで楽しみました。皆さんそれぞれの表現で楽しまれていました!
下記は見ごたえがありそうですね!記事は有料ですが、画像は見ることが出来ました。緊急事態宣言で県外の移動が難しくなっていますので無理ですが、こちらにも回ってきて欲しいですね!
下記は、上記のサイトからの引用です。哲学になると、ロックやブルースからジャズに入るような気持ちになってしまいます。
ドゥルーズによれば、現在の自分は昨日との差異であり、明日は現在との差異である。この流れの捉え方で実存主義と構造主義が似ているのは、ベルグソン(持続、直観、エラン・ヴィタール)が両者の共通の先行者だから。実存主義と構造主義が持続という観点でつながっているのは、実存主義も構造主義もベルグソンの流れを汲んでいるからである。
構造主義者は「ここに在る」という現存在、天上天下唯我独尊的な態度を傲慢だと見る。構造主義は現象を程度としてではなく本性の差異として、相対的な差異として捉えることで非常にデモクラチックである。 現象を程度の標準で捉えようとするのは科学である。故に、形而上学と科学を批判するのである。
下記の方が、構造主義が分かりやすいのかも知れませんね。
『人間がどう考えるかは、その人が生きる社会のシステムによって、無意識に形づくられてしまっている』
隣接する利用者さんがおられる3市の元日からの感染者数を出してみました。
人口比で見たら様子がよく分かりますね.......。
下記も十分哲学ですね......。しかし、伊藤亜紗さんが分かりやすく記述してくれています。個々の読者が行う消費=生産活動こそか重要である。ですね!
〜こうして読者は作者とではなく作品と向き合い、その価値を積極的に作り出す消費者となる。この考えを突き詰めていけば、作品の価値は消費の文脈次第ということになろう。
消費者が属する時代や社会状況が違えば、作品の価値もまた代わる可能性はおおいにありうる。ヴァレリーもその可能性を認めている。
それは「創造的な誤解」(El,1348)であって、作品とは消費者にとって「ある活動の起源」(EI,1348)である。個々の読者が行う消費=生産活動こそか重要である。
「文学的操作が対象を生み出すのであって、対象によって文学的操作が生み出されるのではない」(C2,1104)。〜