今日は休みでしたが、病院に通院介助で行きました。コロナ禍の中、他の職員に行けとは言えませんから。
戻ると、女性職員さんから写メが来ました。お面をつける台を作っているとのことです。ゆうちゃんなら適任!
下記は少し前に用意していたものです。この状況下ベーシックインカムが俎上に上がるのも、無理はありませんね。最後の竹中氏のやるなら一気にやると言うのは、そう思います。支援も腫れ物に触るような支援は、全く意味がないからです。やるならやる、やらないのならやらないと、ハッキリした方が良いですね。恩師の藤木先生は、灰色という考え方も大事な時もあると書いておられましたが……。
急に、ケースメントに戻りました。今日は忙しくてアップしたいものがありましたが、打ち込めなかったので、自分の勉強用に記録していたものを出させて頂きます。
経営戦略でも、今の時代は柔軟性が当たり前に備わっていないと存続できないと言われていますが、精神分析や自分たちの現場も、柔軟性がなく硬直したら、そこでもう終わりですね。でも、その方に合ったやり方でないと意味がないと言うことを示唆してくれていると思いました。耳が痛くなる個所でもありますが........。
経営戦略の講義が先ほどまでありまししたが。
第1章 分析での目標に到達すること
:精神分析という開かれた可能性
はじめに
私の議論は、精神分析の潜在力はパラドキシカルである、すなわち逆説的で矛盾しているとのことです。
精神分析はこころを解き放した自由にもすれば、こころを縛ってもしまいます。創造性や自発性に目覚めさせ、それらを自由にもしますが、(なかでも精神分析のトレーニングにおいて)相手に追従する迎合性を助長することもあります。
それゆえ私たちは、現在の分析実践が精神分析の偽りの拡張へと進んでしまう。ところがその実践者たちほこの拡張が本物で明白な治療的進展であると思っていそうな実践の方法に、ますます用心しておかなければならないと強く思います。
ここでの本物の分析という私の判断は、それが分析家から患者に押しつけられたものではなく、患者にとってまったくこころからほんとうであるものという点からなされるとのことを明確にしておきたいと思います。~