うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

晴天と、今日の朝食と、セバスチャン?【患者は迫害的な状態におかれ、病的な分裂と妄想状態が支配するようになることもある。あるいは患者は病理的組織の保護の中に退避しようとするかもしれない。どちらの場合でも抑うつポジションに向けての進展は反転するか、あるいは遅延することになる。】

 

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 もうとっくに入梅したものと思っていましたが、梅雨入りしていない地域もあるんですね!東海地方は6月7日に発表がありましたが、晴天が多い様な気がしますが、気のせいでしょうか?

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 自分が夜勤明けの時は、フレンチトーストか、ホットサンドか、ハム・チーズトーストにさせて頂いていて、玉子の差し入れがあったので、今朝はフレンチトーストにしました。野菜のソテーとかは、自分が作った物ではありません(笑)、管理者さんが作ってくれたものです。

 

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 昨夜、いつもの如く、いのうえっちのお化け屋敷が始まりましたが(笑)、皆さん慣れきってしまって、特に驚かれなくなっていて、いのうえっちも消化不良気味です....。

 

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 親分が、どこからか?もらってきた呼び出しのベルが、皆さんの今のトレンド(笑)になっていて、利恵さんが、女性職員さんから手渡されたベルを鳴らすと、ちょうど洗濯物が乾いて、皆さんでたたみ始めるところだったので、まるでセバスチャンを利恵さんが呼んでいる様な感じになっていました(笑)。

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 真横で洗濯をたたんでいた、いのうエッチが一番受け(笑)、この後、大声で笑っておられました!

昨日も皆さん笑顔で過ごせたこと、感謝しています!

 

 

 

 下記は今朝、夜勤明けで帰宅した時にみた物ですが、本当に才能がある方は、常に前しか見ていない感じがしました。セカンドスキルが生きていくうえでは必須になると言われて久しいですが、AIなどが幅を利かせて来たら、もっと沢山のことを考えながら仕事をやって行かないと生き残れないし、自分みたいなどんくさい人間は、いつまでたっても人様の何倍・何十倍と努力しないといけなくなりそうなので、少しへこみそうですが、毎日少しずつ、自分が出来る範囲で頑張るしかありませんね。

 

「今の時代のミュージシャンは、音楽的な力や知識だけでなく、届け方も考えなきゃいけない。そう気付いたのは、デビューが遅かったから。背水の陣で、いろんなことを理解しないといけなかった。そのなかで、例えばユーミンさんや山下達郎さんたちが積み重ねてきた、日本のポップスの歴史や文化を引き継いで、若い世代にバトンタッチすることも大切だと思いました。それを今、音楽業界全体でやらないと、日本の音楽がどんどん縮小していってしまう。オフライン時代の、美しくて難しいものを探す楽しみ方と、オンライン時代の浴びる楽しみ方、両方を知っている僕らの世代の責任が、そこにあるのかなって考えています」

 

news.yahoo.co.jp

 

  

 

 下記に書かれていることを、反復するのが、所謂、反復恐怖なのではないでしょうか?それをワークスルーすることでしか、前進はないのでしょうか?現場で出来る職員と、出来ない職員との比較をさせて頂いていると、きちんと支援できる職員は、ひとつずつワークスルーされている職員です。それが現場であっても、家庭であっても、何ら変わりはありません。ギターも、アートも逃げずに、ウィニコットの表現を借りれば、生き残れば、お互いに成長できるし、生き残れないならば、何も残せないだけでなく、退行してしまう可能性があるということも、下記で記述されているようにも思いました。

 

見られることと、きまりの悪さ、恥、屈辱
 対象との分離により生じるもうひとつの重大な結果は、患者が「〈見られている〉状態に曝されている」と感じることである。分離に伴うこの側面は、こころの退避所が〈隠れ家〉になっている、と認められるときとくに鮮明になると思われる。もちろん自己愛にはある程度の自己理想化が含まれており、それは患者の「自分は賛美される」という考えに表れている。そしてこの考えが維持できなくなると、患者は〈見られている〉という体験と向き合わなければならなくなり、ナルシシスティックな自己賛美は外界に露にされる。そしてもはや賛美されなくなると、自己愛的なプライドは〈きまりの悪さ、恥ずかしさ、屈辱〉に置き代わり、それと折り合いをつけなければならなくなる。 

 患者は迫害的な状態におかれ、病的な分裂と妄想状態が支配するようになることもある。あるいは患者は病理的組織の保護の中に退避しようとするかもしれない。どちらの場合でも抑うつポジションに向けての進展は反転するか、あるいは遅延することになる。