うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

停電と、【第12章 精神分裂病患者の精神分析治療において投影性同一視と逆転移のためにおこる困難】


 今日は休日でしたが、期日のある書類をするために事務所へ行って来ました。
本当は、休みなので、自宅でやろうと思っていましたが、自宅周辺は電線?の工事の為長い時間停電でした....。
 14時前に戻って、別の事務仕事をやろうと思ったら、まだ停電でした(笑)
 まあ、仕方がないのでまずは一服(笑)パワーズで3本100円の草団子を買って来て頂きました。掛物は夏から掛けっぱなしのもので、今は寒行(もう3月ですねw)の時期と思い、寒行しているイメージかな......。
 歩いて帰宅したので、体が暖まっていましたが、段々冷えて来て(笑)布団に入ろうかと思ったら16時前に復旧しました!
 事務仕事が出来なかったので、寒い中、携帯で本を打ち込んでいました(笑)
 下記がその内容です。
 第12章が実質的には最終章(第13章は結論となっています)なので、一番難しいと言われる(精神分析的治療において)精神分裂病患者を扱っていますし、まとめ的な感じもしました。

 現場で精神に障がいをお持ちの方々の支援をさせて頂きながら思う事は、良いこと(楽しい事・気持ちが楽になる事)と悪いこと(嫌な事、嫌な気持ちになること)の片方に圧倒されると不穏になってしまうように思われますので(良いが大きくなりすぎると躁的に)バランスをきちんと取れるように日々のリズムや、心のケア(勿論個々に)に心を配らせて頂いています。
 より重い方は、最早期に遡った支援をしないといけないと、精神分析関係の本を何冊か読ませていただき、やっと理解できました。


『彼は、精神病的な患者においては発達の初期段階での人格の固着があるということを、理論的に不十分にしか気づいていなかったように思われた。その段階では、良い対象と悪い対象、良い考えと悪い考えはお互いに分裂されていて、厳然と分かれていなければならない。もしこの問題が分析のなかで、患者の早期発達における欠損を克服できるよう患者を手助けするのに本質的なものは、物事を統合し、ひとつにしてこれを患者にしめす分析家の能力――すなわちコンテインする能力なのである。』


『愛や憎しみといった非常に激しい情動、ひどく混乱した感情、また、ひどく未統合な心的状態は原始的な形の投影性同一視を通じて伝えられるので、往々にして分析家が容易に理解できない形で示される。その情動が特に強烈なとき、分析家は圧倒されたように感じ、コンテイナーとして機能できなくなるであろう。』


『分裂が少なくなり、良い感情と悪い感情がより近づいて一緒になることができて初めて、抑うつが、正常な思考と修復的な衝動と機能とを伴って、発達することができるのである。これが成功しないとき、躁的な修復がおこり、躁的な修復は妄想的な修復を生み出す危険がある〜』


『分裂が少なくなり、良い感情と悪い感情がより近づいて一緒になることができて初めて、抑うつが、正常な思考と修復的な衝動と機能とを伴って、発達することができるのである。これが成功しないとき、躁的な修復がおこり、躁的な修復は妄想的な修復を生み出す危険があるが、自分が分析家の家族の一員であるという患者の妄想的な信念の根拠はこのように説明できる。』





第12章 精神分裂病患者の精神分析治療において投影性同一視と逆転移のためにおこる困難

 〜愛や憎しみといった非常に激しい情動、ひどく混乱した感情、また、ひどく未統合な心的状態は原始的な形の投影性同一視を通じて伝えられるので、往々にして分析家が容易に理解できない形で示される。その情動が特に強烈なとき、分析家は圧倒されたように感じ、コンテイナーとして機能できなくなるであろう。そのようなとき、患者は原始的で催眠的な力によって非言語的にコミュニケートしているのである。分析家は、そのとき多分怒りを感じながら、防衛的逆転移反応を発展させるだろう。後になって初めて、分析家は自分が感じていたものが失敗感に結びついた落胆と抑うつであったことがわかるようになる。〜


〜分析におけるもうひとつの難しい点は、マリアが暖房機や硬い床に頭をぶつけて、頭に相当な傷をつける傾向をもっていることであった。N医師は自傷行為をやめさせるように強いられていると感じた。彼は、マリアが終始これらの激しい自己処罰をおこさせる非常に残酷な太古的な良心をもっていると感じた。また、自傷行為が、とりわけ彼女がN医師を友好的だと経験したときにおこるということも観察した。〜


〜マリアはN医師があるがままに受け入れることができたときには喜んだ。
 N医師は自分がマリアの行動を理解しはじめそれを彼女に解釈したとき、彼女がよく反応するようになったことに気づいた。彼女はしばしば、5〜10分間全く普通にしゃべることができた。〜


〜分裂が少なくなり、良い感情と悪い感情がより近づいて一緒になることができて初めて、抑うつが、正常な思考と修復的な衝動と機能とを伴って、発達することができるのである。これが成功しないとき、躁的な修復がおこり、躁的な修復は妄想的な修復を生み出す危険があるが、自分が分析家の家族の一員であるという患者の妄想的な信念の根拠はこのように説明できる。この問題は、患者がものごとの間のつながりを創造するのを手助けするために理解されなければならないし、分析のなかで繰り返し繰り返し取り上げられなければならない。このような大変細かい解釈によって、とりわけ自分は分析家によく理解され、見守られていると感じられる状況において、患者は思考過程における重大な溝を克服できるように徐々に援助されるのである。
 N医師が当時この問題への理解に欠いていたのは、私の意見では逆転移の問題ではない。彼は、精神病的な患者においては発達の初期段階での人格の固着があるということを、理論的に不十分にしか気づいていなかったように思われた。その段階では、良い対象と悪い対象、良い考えと悪い考えはお互いに分裂されていて、厳然と分かれていなければならない。もしこの問題が分析のなかで、患者の早期発達における欠損を克服できるよう患者を手助けするのに本質的なものは、物事を統合し、ひとつにしてこれを患者にしめす分析家の能力――すなわちコンテインする能力なのである。
 この分裂の問題を自分自身のなかに見いだす患者は大体、それが解決不能な過程ではないかということを恐れている。だから彼らは、すぐに躁的な修復(妄想形成)へずりおちる。これが再び、その問題は修復不能であるという不安を増加させる。〜


〜彼女の良い感情と悪い感情とはお互いに分裂排除されているので、良いと悪いとを同時に感じることに耐えられないか、あるいは全く混乱してしまう危険もある。もし彼女が何が良いものであり何が悪いものであるかを迷ったなら、彼女は多分自分を全く悪いものにしてしまうであろう。彼女にとっては、自分が良いのか悪いのかを迷うよりも、全くの悪にするほうが楽なのである。だからマリアが混乱から身を守ろうとするとき、再びすべてを悪いと感じる危険がある。良い感情と悪い感情が接近すると、良い感情と悪い感情の区別がつかない混乱した状態が頻繁に起こる。この混乱させられる不安が、非常に重要な問題となる。このような状況では、患者は混乱させられるより悪魔であるほうがましだと感じて、異常な分裂が増すのである。それゆえ境界例や精神病的な患者の治療においては、混乱させられる不安を理解することがきわめて本質的なことになる。それらの不安は、境界例や精神病的な患者が、分析のなかで進歩することができないときには、最も多く見られる原因のひとつである。このような患者はひとりでいるときには、この問題を徹底操作するようには不安や罪悪感を体験することはできないことを私は強調したい。したがって患者は、分析家がいるところで援助を受けることが不可欠である。
患者が表現する不安は、まず分析家の心のなかにまとめられるべきであり、分析家は、不安であること、心配であること、抑うつ的であることがどのように感じられるかを水から体験しなければならない。分析家にとっては、まず患者の不安をもちこたえ、それでいながら自分の思考や感情との接触を保つ努力をすることの重要性を認識することも不可欠である。そのときはじめて、彼は、患者が理解し利用できる方法で、その問題を徐々に患者に返すことができるようになる。〜


〜一般に、何らかのもつれた状態からの移動が起こっていることを理解することは非常に重要である。混乱した不安が分析家に投影されて、しかも明確に診断されていない場合は特に、患者はそこから抜ける道を見つけたいという強い欲求を持つことが示唆されているからである。妄想が形成されるのはそのようなときにおいてである。マリアの場合、そのときに妄想は心気的な形をとった。〜