うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

アドルフ・ヴェルリと、【第11章 投影性同一視と分裂病における精神病的転移】


 先日、名古屋に行った時に『アドルフ・ヴェルフリ』のチラシをもらってきました。
3月7日〜4月16日までやっているので何とか見に行けるでしょうか?

概要名古屋市美術館のサイトより)

アドルフ・ヴェルフリ(1864-1930)は、もっとも有名なアウトサイダー・アートアール・ブリュットの芸術家のひとりとして知られ、世界的に高い評価を受けています。スイスのベルン近郊の貧しい家で生まれた彼は、1895年にヴァルダウ精神科病院に入院し、66歳で没するまでの生涯をこの病院で過ごしました。

病院内でヴェルフリは、「揺りかごから墓場まで」と題する壮大な自叙伝を描きます。それは、ヨーロッパからアジア、南北アメリカの科学的探究に始まり、神々との結婚と聖アドルフ王国の設立、空想上の惑星への旅行へと拡大するヴェルフリ独自の世界観を、45巻・25,000ページにわたって表したものでした。

この展覧会は、ヴェルフリの主要な作品のほとんどを収蔵するベルンのアドルフ・ヴェルフリ財団の全面的な協力によってヴェルフリの画業を回顧する日本初の大規模な個展になります。シュルレアリスムの画家たちの注目を集め、多くの芸術家に影響を与えてきたヴェルフリ作品の神髄をご覧いただける絶好の機会です。どうぞお楽しみください。



 昨夜、事務仕事の合間に打ち込んでいた箇所のアップです。
今日も色々ありましたが、何とか生きています(笑)
 新しい本に移ろうと思いながらも、後ろ髪引かれています(笑)

 今日は疲れたので早く寝ます。

 『患者が伝達してくることへの解釈が正しい翻訳になっていれば、急性の分裂病の患者でさえもしばしばその解釈を確かめうる。それゆえ、非常に障害された分裂病患者にさえも、解釈を通して強化することができる正常に思考する能力を持った、健康なパーソナリティの名残があると私は考える。解釈は転移が発展するのを助けるが転移が枝分かれしてゆくにつれて、分裂病的なパーソナリティは、異なった対象関係を持ち、さまざまな機能と意味を持った、たくさんの異なる部分に分かれていると考えることが役に立つとわかった。』


分裂病患者は、素早く万能感的に母親や乳房になりかわって、早期の赤ん坊のときの状況を繰り返しながら、自分は母親であるとか、大人であるとか、結婚することができるとかいうように、自分を妄想的に惑わしている。これは赤ん坊の妄想的で万能感的な空想なので、患者を妄想的でない関係に戻すためには、このことを何度も何度も患者に示すことに注意が向けられなければならない。』




第11章 投影性同一視と分裂病における精神病的転移
〜急性状態にある患者は一般には、寝椅子は用いない。患者の言語的なコミュニケーションだけでなく、態度や行動もまた、関係を理解し解釈する手助けとして用いられる。急性の分裂病患者が分析のなかでコミュニケートする能力は、かなりさまざまであるにもかかわらず、分析的な素材が明瞭に展開していくことには、しばしば驚かされる。分裂病患者の言語は通常の言語とは非常に異なっており、特に患者が妄想的な場合はそうである。それはしばしば夢のように響き、「第一次過程」と呼ばれるものに基礎をおいていると思える。人びとが自分の夢の言葉を通常わからないのと同様に、分析家とのコミュニケーションを患者自身もわからないと考えてよいだろう。そのため、患者は自分自身もわからないと考えてよいだろう。そのため、患者は自分自身のコミュニケーションを理解するために、分析家の思考力と通常の言語に翻訳する能力を必要とする。より理論的な用語でいうと、分析家は患者の投影性同一視をコンテインするということである。
 患者が伝達してくることへの解釈が正しい翻訳になっていれば、急性の分裂病の患者でさえもしばしばその解釈を確かめうる。それゆえ、非常に障害された分裂病患者にさえも、解釈を通して強化することができる正常に思考する能力を持った、健康なパーソナリティの名残があると私は考える。解釈は転移が発展するのを助けるが転移が枝分かれしてゆくにつれて、分裂病的なパーソナリティは、異なった対象関係を持ち、さまざまな機能と意味を持った、たくさんの異なる部分に分かれていると考えることが役に立つとわかった。患者の精神病的な部分と精神病的でない(あるいは健康な、もしくは大人の)部分とは通常区別されるが、急性の精神病状態においては、後者は失われているのが普通である。患者は、もし分析家が何らかの役に立つのならば、彼に失われた健康な部分として機能してほしいと思っている。そうできるよう患者を助けるには、分析家は患者の精神病的な部分の転移をより詳細に調べることが必要である。すると、患者のパーソナリティのいくつかの部分が、他の部分より多く精神病的で妄想的なことがわかってくる。


分裂病患者は、素早く万能感的に母親や乳房になりかわって、早期の赤ん坊のときの状況を繰り返しながら、自分は母親であるとか、大人であるとか、結婚することができるとかいうように、自分を妄想的に惑わしている。これは赤ん坊の妄想的で万能感的な空想なので、患者を妄想的でない関係に戻すためには、このことを何度も何度も患者に示すことに注意が向けられなければならない。そのようにすることは通常、母親/分析家によって、卑小であると感じさせられるという恨みに再びつながり、このことがもし詳細に解釈されないと、再び容易に乳房と子どもの関係に逆転が起こるであろう。エロティックでない乳房との関係が安全に形成されたときにだけ発展しうる真のエディバルな状況と、分裂病患者の妄想的な性的空間とを、混同しないことが重要である。
 分裂病における精神病的な転移の進展は常に危険である。たとえもし分析家がそれをどうにかコンテインできたとしても、あらゆる種類の外的な困難がありうる〜

 〜要するにサラのケースは、分裂病患者を取り扱ううえで、二つの重要な必要条件を示している。第一は、妄想的な転移に常に留意して解釈することの必要性であり、第二は、分析家および分析家と妄想的な転移との関係についての批判的な視点から、非常に深く臨床素材を調べることの必要性である。幼児的なあるいはエディバルな関係の早すぎる解釈は、特にもし妄想的な転移が無視されて行われるならば、非常に悪い結果を招きうる。