うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

Kさんの新作と『メラニー・クライン入門』と、みーちゃんへと、バンドの機材が来た!と、数奇な再会



 今日のではありませんが、先日Kさんが作られた作品がかわいらしかったので、アップさせて頂きました。
 熱帯魚の様な、ハリネズミの様な、春らしい配色でした! 



夜勤明けで仮眠してから、溜まった(笑)事務仕事を片付けていますが、小さな脳はパンク寸前なので(笑)20分読書を挟みました。

 北山修先生は、『錯覚・脱錯覚』の中で、フロイトラカンを読み直せみたいなことを言われていましたが、フロイトはまだいいのですが(笑)ラカンは勘弁してほしいです(笑)
しいて言わせて頂くなら、木村敏先生も避けたいです(笑)

メラニークライン入門』H・スィーガル著・岩崎徹也訳)
2,幻想
 〜Susan Isaacs による幻想の概念の用い方は、Freudの本能をめぐるふたつの理解の仕方の間のギャップを埋めるものである、と私には思えるのである。本能を表章する色々な概念は、原始的な幻想であろう。この見地にたつと、本能の作用は、その本能を適当な対象によって満足させるという幻想によって、精神生活の中に表現され、表象されていることになる。
本能とは、生まれたときから働くのであるから、何かの未熟な幻想の世界は生まれたときから存在しているのだとみなすことができる。生まれてはじめて体験する空腹感と、その空腹感を満たそうとする本能的な努力に伴って、その空腹感を満たすことのできる対象を幻想することが生じるのである。幻想は、身体的な活動と精神的な活動の境界にある本能に直接由来するのであるから、これらの原初的な幻想は、身体的現象としても、精神的現象としても体験される。快―不快原則が優勢であるかぎり、幻想は万能的なものであり、幻想と現実の体験との間の区別は存在しない。幻想された対象と、それから得られる満足は、実質的に生起していることとして体験されるのである。
 たとえば、チューチュー音をたてて口を動かしたり、あるいは自分自身の指をしゃぶったりしながら満足げに寝つこうとしている乳児は、彼が実際に乳房に吸いついているとか、乳房を口にふくんでいるとかということを幻想している。そして、乳のたっぷり出る乳房が、実際に自分自身の中にあるのだという幻想をもってねむりにはいるのである。それと同じようにお腹がすいて泣きわめき、足をバタバタさせて怒り狂っている乳児は、彼が実際に乳房を攻撃していて、乳房を傷つけたり破壊しているのだと幻想する。そして自分自身のわめき声で傷つけられ、痛めつけられていることを、ひき裂かれた乳房が彼自身の内部で彼に攻撃をしかけているのだとして体験する。それゆえ、彼は自分が望むものを体験するだけでなく、お腹がすいたための自分の苦痛や自分自身の叫び声もまた、彼の中にある迫害的な攻撃として感じるのである。
 幻想を形成することは自我機能のひとつである。〜



 これから彼女の真骨頂である【妄想的ー分裂的態勢】【抑うつ的態勢】に入っていきます。





 先日、いつもと違う道を歩いたら、白椿の花がどっさり落花していたので、ひとつだけ頂いて来て、みーちゃん用の飾りの天目茶碗に入れました。みーちゃんの飾りは、49日の5月2日までそのままにさせて頂きます。 






 理事会で承諾を頂き、注文させて頂いた、パワードミキサーとスピーカーが来ました!総額216,320円(320円は代引き手数料)部活の予算どり宜しく頑張りました。
 今まで使っていたミキサーは、おちゃんのもので、20年ものでした。
ワインやウイスキーなら値打ちがあるのでしょうが(笑)機械物は(安価な物だったので)無理が出て来ていましたので良かったです。
 小さなライブなら余裕でできます。来週が楽しみです!


 何かの占いで(笑)再会の月になるって書いてあったのが頭の隅にありましたが、いつものごとく事務仕事の休憩中、ネットサーフィンで引っかかるものがなかったので、久し振りにネットオークションを覗いたら、京都時代に俑の研究をしていて、京都をでる時に売却したコレクションの一部(安価な一群の方です)がオークションに出ていました。
 服もそうですが、古道具(最近は部屋のディスプレイや日用品に使います)も1,000円以内が、親分ルール(笑)なので、試しに入札してほったらかしにしていたら、落ちていました(*_*)
 送料の方が高かったですが(1,500円)得意の土下座で(笑)ゲットしました。
 しかし、まんなかの文官俑(緑釉)は、由緒ある骨董店の京都の(奈良にもありますが)赤井南明堂さんで購入したもので後は、自分が海外から持ち込んだ物で総額としたら大した金額になりますが、1,000円と言うのも嬉しい様な、悲しい様な........。送料入れても一体500円(笑)
 文官俑以外は本物と信じています(笑)中でも貴重なのは、文官俑の右側にある、元の時代の俑です。金額は覚えていませんが、数が少なかったり、元代の墓は、崖の急な斜面に作られるので、発掘も難しいようです。まあこの俑は造形が稚拙ですが(笑)、元代の俑は、瓦みたいに黒く、焼成が済んでから炭をこすり付けると、文献で読みました。
 あの時代は、時代ごとの俑が欲しくて、小銭があったので買いあさっていましたが、今となっては良き昔話ですね(笑)因みに、高価な一群はオークションに出ても1,000円では無理でしょうね?(笑)
 数奇な出会いにびっくりしていますし、なぜ他の俑は入札が殺到するのに(あきらかな偽物は別として)、これだけ自分ひとりだったのでしょうか?不思議で仕方ありません。カーグで皆さんに描いて頂き、後はチャリティーに出すかどうか悩んでいます。
 左から北魏・唐または隋・唐・元・隋の時代のものだと思われます。

 自分が今持っているのは、1,000円以内のものばかりで、一年に数回、こんな奇跡が起こり、年末のチャリティーに出させて頂いています。
 年末までに何回奇跡が起こるでしょうか?


 事務仕事に戻ります!