うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

灰色の断層と中原中也


 藤木正三著 灰色の断層 

『前書き』
誠実、無欲、色でいえば真白な人、
不実、貧欲、色でいえば真黒な人、
そんな人はいずれも現実にはいません。
いるのは、そのどちらでもない灰色の人でありましょう。
比較的白っぽい灰色から、比較的黒っぽいのまでさまざまではありますが、
とにかく人間は、灰色において一色であります。
その色分けは一人の人間においても一定ではなく、
白と黒との間をゆれ動いているのであり、
白といい、黒といっても、ゆれ動いている者同士の分別に過ぎません。
よくみればやはりお互いに灰色であります。
灰色は、明るくはありませんが温かい色です。
人生の色というべきでありましょう。
 


 未だ20歳だった頃、京都の御幸町教会で祈祷会の後、藤木正三先生から『灰色の断層』を頂きました。
 四十八茶・百鼠という言葉の意味を説明して頂きながら何故、灰色を選んだかという話をして頂いた事を未だ鮮明に覚えています。

 御多忙なのに、祈祷会の後、遅くまで自分のどうしようも無さを延々と話すのに我慢強く付き合って下さいましたが、その時は、先生の御言葉が理解できませんでした。
只、君は、自分の若いころとそっくりだと言われた時にびっくりしました。博学の先生とそっくりだなんて.......。
 本にも書かれていますが、若い時は、爆弾を抱えていたと書かれています。藤木工務店の御曹司なのに.....。と考え込んだ時もありました。
 自分とはあまりにも家庭環境が違いすぎたので理解できなかったのかもしれません。
 でも、爆弾を抱えているのは同じかも?と素直に思いました。


 
 無理やりかもしれませんが、爆弾を抱えている人物として真っ先に思い浮かぶのが、中原中也です。

『幸福』
幸福は厩(うまや)の中にゐる
藁(わら)の上に。
幸福は
和める心には一挙にして分る。
頑(かたく)なの心は、不幸でいらいらして、
せめてめまぐるしいものや
数々のものに心を紛らす。
そして益々(ますます)不幸だ。
幸福は、休んでゐる
そして明らかになすべきことを
少しづつ持ち、
幸福は、理解に富んでゐる。
頑なの心は、理解に欠けて、
なすべきをしらず、ただ利に走り、
意気銷沈して、怒りやすく、
人に嫌はれて、自らも悲しい。
されば人よ、つねにまづ従はんとせよ。
従ひて、迎へられんとには非ず、
従ふことのみ学びとなるべく、学びて
汝が品格を高め、そが働きの裕(ゆた)かとならんため

 高校生の時は、中也とボードレールを繰り返し読んでいました。
心の中が、平安だと、色々な物事が良く見えるので、いつもそうありたいと思っています。
今日は、何故か思い出しましたので、アップさせて頂きました。