うたた ka-gu’s diary

障がいをお持ちの方の、生活と余暇支援を行っている・NPO法人うたたのブログです

うたたねの新しい看板と、今日の日中と、【第10章 1990年代前半の診断の混乱について】


 うたたねに新しい看板が取り付けられました!
デザインは親分で、看板にしてくれたのは、ヤマダサインさんです!
 前の看板は、デザインが親分で、看板にしたのはおっちゃんでした。5年以上お疲れ様でした!


 今日の日中は、女子が多くお淑やかに?椿公園で散歩した後、お薄を頂きました!
JR東海のハイキング?があったので、沢山の人が歩いていて、かおちゃんと、ももちゃんが、すれ違う方々に「こんちにわ!」。今晩は良く眠れそうですね(笑)

 お薄を頂くときは、お淑やかに?なっていました!
寒かったですが、歩くと直ぐに体が暖まりました。


 昨日読んでいた箇所のアップですが、何か事が起こると何かのせい、誰かのせいにしないと皆さん納得できないのでしょうか?仕事も思想も何だか深く考えずに(考える力がなくなってきている?)短絡的になってきているのでしょうか?
 自閉症の三つ組みとよく耳にしますが、その三つとも同じことを言っているようにしか聞こえないのは、自分の脳みそが悪いせいでしょうか?全てイマジネーションの欠如では?と思ってしまいます....。
 世間一般と同じく、福祉の現場でも、本当に勉強していない方々が主流になっています......。簡単な意見の方が分かり易いし、行いも楽ですしね!
 


第10章 1990年代前半の診断の混乱について
1,はじめに
 以下は、精神鑑定という精神医学の一領域で見られた診断の問題への論評であり、精神分析的な考察でも臨床心理学的な検討でもない。素材は犯罪という形で、通常の治療面接の枠に収まらない攻撃性が発現したものだが、その理解には医学的な判断を前提にした上で、さらに心理学的なアプローチを要することが認められる。資料は、いずれも一般で容易に入手可能なものである。




2,特異な少年犯罪とその先例
 少年事件が起こるたびに、少年法の改正と厳罰化が話題になる。その理由として挙げられるのは、犯罪の「凶悪化」である。確かに、十代女性による殺人事件は衝撃的で、それが毎年のように起きている。しかし統計上は、戦後の推移を確認できる法務省犯罪白書によれば、14歳以上20歳未満の少年による殺人が最も多かったのは1951年で448件なのに対して、2013年では52件と、8分の1以下になっている。また、戦後が戦前の少年犯罪よりも「凶悪化」しているとは言い難い(鮎川、2001)。だから少数の事件が印象を残すのだろう。
 その印象を詳しく言えば、犯人に人命への顧慮がない点は凶悪に違いないが、真面目で優秀そうな日常生活の表面からは懸け離れているようなので犯罪の動機を理解し難く、奇妙で極端な感じである。たとえば、平成27年1月にN大理学部1年の女子学生は、ほとんど関わりのない77歳の女性を自室に招き入れ手斧で切りつけ、マフラーで首を絞めて殺すという事件を起こしている。その後の調べによれば、彼女は直後に「ついにやった」とツイッターで書いたり、携帯で遺体の写真を撮ったりしていた。さらには、「幼い頃から人を殺してみたかった」と思っていたばかりでなく、実際に高校時代、タリウムを使って同級生に危害を加えていたことが判明したという。その後も犯人に関して、薬品コレクションが趣味で「タリちゃん、タリちゃん」と口ずさんでいたとか、過去の殺人犯たちに強い親近感を寄せていたとか、実は日常生活でも異様なエピソードがあったことが伝わってきている。これらは平均的な20歳前の女子学生には、およそそぐわない特徴である。
 しかしながら、タリウムを偏愛した少女ということになると先例がある。2005年に静岡で発覚した、高校生による母親毒殺事件である。この事件は、少女が母親への毒の効果を観察した日誌を「僕」(「岩本亮平」)として付けていたことを兄と父親が知って、警察通報となった。彼女は、14歳で義母を毒殺したグレアム・ヤングについて書かれた『毒殺日記』に、強い影響を受けていた。彼女は犯行を否認し、薬瓶を入れてあった自分の分身とするクッションを拘置所で取り上げられると、「タリウム返せ!」と騒いだという。
 逮捕後の彼女は、しばらくの間犯行を認めず、「僕」のまま過ごした。父親は絶望的な気分になっていたが、少年審判を通じてアスペルガー障害と診断されたのを聞いて、娘の偏った関心とこだわり・対人関係の困難が理解できる思いになった。そして、お前を許すから罪を認めて、障害の治療をして帰ってくればいい、と呼びかけた。すると彼女は、その直後の弁護士との接見で、犯行を認めた。そして審判では、中学2年の頃から自分が他人と違うと思うようになったこと、ラブレターで呼び出されて行ったところ「誰がこんなブスと付き合えるか!」と言われて大変なショックを受けたことなどを語ったという(草薙、2014)。最終的に、彼女は医療少年院に送致された。
 こうした鑑定結果への反応として予想される、アスペルガー障害と犯罪との短絡的な結びつけに対しては、専門家たちは一般に向けて警告を発している。石川元氏は、「アスペルガー障害と犯罪とは何の関連もない。アスペルガー障害という発達特性と犯罪の先天的・後天的要素とが、個人の中でごく稀に重なったとき、アスペルガー障害に典型とされる想像力の狭小(こだわり)などが、犯罪の動機や経過に色濃く反映されるというだけのことである」と述べている(石川、2006)。つまり、この障害一般の傾向とは別に、犯罪の先天的素因と後天つまり環境因を考える必要がある。ということである。実際、多くの成人による犯罪は、精神障害と関係のない者が起こしている。しかし少年非行となると、それなりの率で関連性があるようである(崎濱、2013)。ともあれ、表出すなわち犯罪に類似性があるからと言って、精神構造の特性を共有しているとは限らない。現時点では、N大生について確定的なことを言えない段階にある。 
 ただ、若年者によるこのように極端な事件が起きると、以前は統合失調症人格障害との関連で考えられがちで、そのために今ひとつ説得力がなく、代わってさまざまな社会時評が登場したものだったのが、近年は、直ちに発達障害が連想される傾向がある。そうした者たちの生活史を振り返ると、精神病の発症という屈曲点(Knück)に見えるものにも、周囲からの潜在的な排除や受身的孤立によってもたらされたと了解できることころがある。また、社会学者の井出草平は、この十数年の累積を鑑みて、関連性をただ否定するのは非建設的であると指摘している(井出、2014)。 
 転機の一つはおそらく、2000年に愛知県豊川市で起きた17歳の男子による殺人事件である。彼は動機として「人を殺してみたかった」「未来のある人は避けたかったので老女を狙った」などと語った。当初の精神鑑定では彼は、「分裂病人格障害か分裂気質者」(当時の呼称)とされた。それが2回目の鑑定では児童精神科医が加わり、彼のアスペルガー症候群を診断して、治療と支援の必要性を指摘したのである(しかしこの事件について佐野眞一は直後に、入り婿の祖父が東名高速道路建設によって手にした補償金で豪邸を建てたことに言及して、「少年の刃が噴きあげた血しぶきのなかには、老親たちの過剰な保護を断ち切る代行衝動の卑劣と怯懦が入り混じっていたように思われてならない」〔『AERA』2000年8月14・21号〕と、診断を無視して禍々しい犯罪ドキュメント調で書き、そのまま単行本〈2005〉そして文庫本〈2008〉に収録している)。
 そのような犯行が現在の用語法での統合失調症病質あるいは統合失調症に結びつけられていたのは、極端な言動を「感情鈍麻」や「情性欠如」の表われと解していたためと思われる。しかし感情は鈍麻というより、陶酔的・強迫的関心と、「〝社会的重大さ”という感覚の欠如」(十一・濱崎、2002)によって、むしろ高まってしまっていたことだろう。そこには人間関係から切り離された「実験」の暴走という側面が、ほとんど常に見られるようである。このような事情が分かってきた現代では、支援に繋がるような早期の手掛かりは何か、逆に十代を過ぎてからの処遇と支援はどう可能なのかを知ることが課題だろう。〜