出し損ねた写真と、“謎のメッセージ” インターネットノイズと、【この「非透過性」と呼ばれる性質の方が、「草案」モデルの重要な要素をなしている。】
毎日、良い光景に出会うので、思わず写真を撮ってしまいます(笑)。ストックが大変なことになっているにもかかわらず.......。いつかカーグで誰かが描いてくれたら嬉しいなと思いながら。
LINEのニュースがあったばかりですが、NHKのネットニュースを見ていたら下記がありました。原発みたいに、ネットも万が一何かあったときに、どう対処するのか?できるのか?を考えて拡大していっているのでしょうか?タダほど怖い物はないと言いながらタダの通信システムを使っている方ばかりですね........。
LINEを利用した公共のシステムは本当にやめて欲しいし、国がシステムをきちんと作って、安心して利用できるように早くしていただきたいものです。
ノイズをたどって見えてきたのは、日夜行われている偵察行動の痕跡でした。最新の研究で、その裏に暗躍する悪玉ハッカーの姿がおぼろげに見えてきました。
一般的に、ソフトウエアはリリースされた時点で万全というわけではありません。さまざまなセキュリティーの“穴”が見つかることがあります。ソフトウエアの開発者やそのソフトウエアを使ったサービスの運営元は、その穴を見つけて修正するプログラムを速やかに配布することで対処しています。
そして、このセキュリティーの穴は世界中にいるホワイトハッカーと呼ばれる善玉ハッカーによっても発見・報告され、穴をふさぐ活動が続けられています。この穴を開発者やホワイトハッカーよりも先に悪玉ハッカーが見つければ、安易に攻撃が可能になります。サイバーセキュリティーの世界はこの激しい攻防の連続です。
益々、核心に迫ってきました。自分の無知を教えてくれた本でもあります。大分前に読ませて頂いた中井久夫先生の本に、著名な文筆家がどうしてもサリヴァンに行きつくと話してきたと書かれてあったのをふと、思い出しました。この本を書かれた竹中先生の専門は社会学です。精神分析と社会学も勉強になりました。
〜二種類のニューロンはそれぞれ独特の性質を持っている。外界からの刺激の通り道であるΦニューロンは「透過性の(抵抗を行使せず、何も保持しない)」という性質を持ち、いわばパイプのような純然とした通路である(p.9)。
このような描写から想像されるように、Φニューロンはシンプルであり、心のメカニズム解明の上で、それほど重要ではない。
それに対して、内界と結びついたΨニューロンは、「おそらく心的過程一般の担い手」と想定されていることからも分かるように、複雑な性質を持つ。
その性質をフロイトは、「非透過性の(抵抗を帯びており、Q'nを留保する)」と表現している(p.9)。
この「非透過性」と呼ばれる性質の方が、「草案」モデルの重要な要素をなしている。〜
湧き上がる衝動のままに表現…障害者によるアール・ブリュットの作品展 絵画やオブジェ等約150点展示と、デジタル時代の出版社ってどうなっているの?と、【フロイトの想定においてΦニューロンは、「記憶の担い手、おそらく心的過程一般の担い手」である(フロイト「心理学草案」、p.9)。】
映像では、おかもっちゃんの絵が一番初めに出てきています!びっくりしましたが、当たり前と言えばそうなのかもしれません。本当に凄いので!
下記は読んでいて、これからはそうあってほしいと思いました!
変っていうのは、別に勉強、サークル活動、ゼミだろうが、遊びでもいいと思うんですよ。
自分はこれだけは誰にも負けない。これまで時間をかけて、熱量をかけて、何ならちょっとお金をかけてこだわってきた部分。
「その事、僕に聞いちゃいます?2時間かかりますよ!」みたいな何かがある人、その変なところ集めてる人、という願いを込めました。
φニューロン、Ψニューロンがいよいよ出てきましたね。資本論が見直されていると何かの記事にありましたが、資本論というよりも、マルクスの研究ノートではなかったでしょうか?フロイトの心理学草案のように。
〜心の働きすなわち量Qの増減均衡は、二種類の刺激によって作り上げられる。
一つは外界からの刺激であり、もう一つは内界からの刺激である。前者は知覚の産物であり、後者は記憶の産物である。
フロイトはこれに対応して、かりに二種類のニューロンを想定している。主に外界からの刺激に深く結びついているニューロンは「Φニューロン」と名づけられ、主に内界からの刺激に深く結びついているニューロンは「Ψニューロン」と名づけられた。
このあたりが、ストレイチーが批判するように、実証的な裏づけを持たない想定である。
それはともかくとして、フロイトの想定においてΦニューロンは、「記憶の担い手、おそらく心的過程一般の担い手」である(フロイト「心理学草案」、p.9)。〜
小さなアトリエ・カーグと、すろーの湯と、カセットテープの開発者が死去 世界で1000億本販売かと、【ところが「草案」モデルは、心をまずは量によって説明しようとしている。そして、心に質があるとするならば、その質をも量によって説明しようとしている。】
今日は小さなアトリエ・カーグの日でしたが、きちんとしたアトリエ・カーグを開催してほしいとの声があったとのことで、4月からは開催をすると理事長が言っていました。遅ればせながら、ひな祭りの道具をが画題でしたが、皆さん素敵に描かれていました!我が道を行かれる方もおられましたが、それはそれで素敵です!
午後からは男子だけ、すろーの湯に行きました!
夕食後は音楽などで楽しみました1
今日も一日笑顔で終われたこと感謝です!
カセットテープは、ギターを耳コピする時に非常にお世話になりました!音感がないなくて、頻繁にストップしていたので直ぐにテープが昆布状態に(笑)なってしまい、また録音しなおしていました。今、YouTubeで弾き方やタブ譜がありますが、見てみると違っていたり(笑)。でも、耳コピした物は忘れないですね。今でも耳コピした通りなら弾けます(笑)。
快・不快も核心に迫ってきましたね。精神分析と社会学も読み終え、樫村先生の本に集中しています。ラカンには、バイアスをかけすぎていたのかも知れませんね(笑)。分かりやすく記述してくれていると、ラカンも凄い!と思えるようになりました。
5.快とは何か
〜「草案」の第一部の内容を筆者なりに要約してみる。ここでフロイトは、人間の心的装置を次のようなイメージで描いている。
ニューロン・システム内には、欲動エネルギー(「草案」では「量Q」と呼ばれる)が流れたり滞留したりしている。その増減均衡こそが心の働きである。
このモデルの特徴はなによりも、量的という点にある。普通の考えでは、心の働きとは、量では測定できるものではなく質的であるとみなしがちである。
ところが「草案」モデルは、心をまずは量によって説明しようとしている。そして、心に質があるとするならば、その質をも量によって説明しようとしている。〜
荒天とシデコブシと、今日のうたたねと、「ハカセは自分でも気づかないうちに泣いていた」 1980年代半ばに福岡伸一氏が目の当たりにした“PCR”の威力と、迷走神経と、【だが、モデルの原型はともかくとして、モデルの実質的なメカニズムは実際の精神分析実践による臨床経験からインスピレーションを得ており、単なる空理空論ではない。むしろ、この点を評価すべきだということになる。】
午前中は、送迎とドライブがあり、ドライブはシデコブシと桜の状態を見に行きました。藤七原のシデコブシは、入り口は開花してませんでしたが、中の方は咲いているとのことでした。
桜は滝頭公園に行きましたが、ツボミが開き始めているものもありました。モミジも展葉していて、キレイな色でした!
午後からは一転して晴天!
男子だけすろーの湯に行きました!
今日も一日、皆さん笑顔で終われたこと、感謝です!
福岡伸一先生の新しい本の宣伝がてらの記事ですが、タイムリーといえばそうなのかも知れませんね。迷走生活の方法でしたか?迷走神経に関する本のようですね。やはりポリヴェーガル理論に関する本なのでしょうか?
迷走神経反射とは
迷走神経反射はストレス、痛み、精神的ショックや、排尿、排便、咳、嚥下などでも生じることがあります。迷走神経が刺激され、血圧が低下し、脳に一瞬十分な血液が供給されずに倒れるのです。倒れて、暫くすると頭に血液が行き渡りますから、元気を取り戻ります。
倒れずに頑張れたときは、冷や汗、めまい、吐き気などを感じます。これも一時的なもので、暫く我慢できれば、血圧が上昇するので元気を取り戻します。
迷走神経は副交感神経の親分です。副交感神経はリラックス神経で、交感神経は戦闘モード神経です。これは自律的に働く神経で、僕達が交感神経を元気にしようとか、副交感神経優位にさせようとか頭で念じても通常は不可能です。しかし、昨今はやっているマインドフルネス(瞑想)などを上手に使うと、副交感神経優位の状態を作り出せます。また、交感神経は怒りなどで活溌になるので、怒りを頭で演じきれると、交感神経優位の状態を作ることもできそうです。
寝ていたり、座っている状態から突然立ち上がると立ちくらみがすることがあります。これは立ち上がることで、血液が心臓から下にある静脈に溜まりやくすくなるので、血圧が低下するのです。ですから、立ち上がったとほぼ同時に交感神経が優位になって血圧を上げないと、いわゆる立ちくらみを感じるのです。迷走神経反射と全く似た症状になります。起立性調節障害とも言われる病態です。
自律神経、つまり交感神経と副交感神経の優位状態の切り替えが迅速に行えない結果なのです。起立性調節障害はまずゆっくり動く、つまりのんびりと立ち上がる練習をすれば解決します。そして体が慣れてくれば、徐々に立ち上がるスピードを速くしても対応できるようになるのです。日頃から運動をしていると、そんな交感神経と副交感神経の優位状態のオンオフが自然と身につくのです。
冷や汗、めまい、吐き気がちょっと起こって直ぐ治るときには迷走神経反射と思いましょう。しかし、その状態が長く続いたり、頻回に起きるときは、内科を受診してください。高血圧による降圧剤の投与で血圧を下げすぎると、起こることもあります。また糖尿病の方に糖尿病の薬を過量投与して血糖が下がりすぎても似たような状態になります。
古いものは、古いものとしてだけ見るのではなく、それが生まれた背景等など考えれば、温故知新ではないですが、またその上に乗ることで、今ここで起こっていることに適応する何かが生まれるかも知れません。
〜すなわち、否定的に見る立場からすれば、精神分析は神経学とは別次元の学問なのであり、神経学的モデルに多かれ少なかれ依拠するような立場では精神分析とは言えない。
さらに、一九世紀末当時の神経学を前提にして執筆された以上、たとえフロイトの発想が当時においては先駆的だったとしても、現在の脳科学の視点から見れば、はるかに時代遅れといわざるをえないことになる。
他方、肯定的に見る立場からすれば、一九世紀末当時の神経学をモデルとしている点はやはりもちろん好ましいわけではない。
だが、モデルの原型はともかくとして、モデルの実質的なメカニズムは実際の精神分析実践による臨床経験からインスピレーションを得ており、単なる空理空論ではない。むしろ、この点を評価すべきだということになる。〜
ファイザー ワクチン “無症状の感染者”を94%予防と、【「メタサイコロジー」とは、フロイトの造語であるが、心的装置に関して「経験的に基づく系統化としてよりもむしろ不可欠な仮説として構成された一般原則」のことを意味する。】
昨日、伊良湖に行った時にあったヤシの実!美味しいよ!と、店のおじさんがお客さんに盛んに宣伝していましたが、自分はまだ未体験(笑)!
下記は本当なら早く皆さんと接種したいですね!
アメリカの製薬大手ファイザーは11日、開発した新型コロナウイルスワクチンについて、イスラエルでの大規模な接種のデータから、無症状の感染者になることを94%予防する効果を示したとする分析結果を発表しました。無症状の感染者は自覚がないままウイルスを広げる可能性が指摘されているため、ファイザーは「世界的に感染の拡大を止めるうえで重要な意味を持つ」としています。
竹中均先生の精神分析と社会学も購入し、今日はいきなり半分以上読みました(笑)。事務仕事が沢山ありますが、一応休みでしたので(朝の送迎だけ頼まれましたがw)、自分の時間にしまいました(笑)。精神分析と自閉症の方が、難しかったです。その分、社会学の方は楽に読めています。樫村先生とか竹中先生は、春学期からの産業心理学に向けての下ごしらえ(笑)。まだ教科書は発表されていませんが(笑)。ラカンの対象aもおそらくためになりそうです。
メタ的な見方というのは何事においても必要ですよね。
〜「メタサイコロジー」とは、フロイトの造語であるが、心的装置に関して「経験的に基づく系統化としてよりもむしろ不可欠な仮説として構成された一般原則」のことを意味する。
「フロイトの著作は大部分臨床的なアプローチに基づいており、彼の出発点は治療、中でもヒステリーの治療であったが、間もなく彼は、幾つかの仮説や基本概念や『原則』を設置することが不可欠であり、それがなければ現実の臨床は理解できない、と考えるようになった」(シェママ編、1995,pp.353−354)。そのためにメタサイコロジーが必要とされたのである。〜
大あさりと、河野大臣と、お地蔵さんと、経営者の覚悟が世界を変えると、【つまり、「メタサイコロジー」とフロイト自身が名付けた一連の重要な作品群の出発点が「草案」だったのである。「草案」とはいわば、二階に上がるのに用いられたものの、上がった後は外された梯子であった。】
今日は女子だけ伊良湖に行って、大あさりを頂いてきました!良いにおいがしていました!
河野大臣?自分の花粉症用の眼鏡を無断で......。でも似ていますね(笑)!
今日も色々あり(笑)、甘いものが欲しくなり(笑)、小さなおはぎを買いました。
自分には高価なので(笑)、ユニクロさんには古着屋でお会いするくらいですが、さすが柳井さんですね!それと、一括りに老害扱いはやめてほしい(笑)!老若男女問わず、しっかりした考えを持っている方はおられるし、年齢というよりも、その考え方をきちんとした目で見ることが出来るように日々、色んな事にアンテナを張り巡らせていたいと思っています。自分が思うイノベーションとは、日々起こる小さなことを拾い上げて、まとめることなので。
柳井(以下略):私自身の感覚からすると非常に強い違和感を覚えますが、たしかに最新のデジタル技術を導入することをイノベーションと同義にとらえる経営者は少なくありません。しかし、それは明らかな誤解です。
イノベーションは技術ありきではなく、アイデアを組み合わせることで生まれます。その組み合わせを考える時に重要なのは、自社のビジネスを通じて人々の生活をどのように変えると、社会を前進させることができるのか、です。自分たちの活動がもたらす影響を想像しながら、社会や消費者の要請に応えることがイノベーションを生み出します。デジタル技術そのものがイノベーションではなく、社会や消費者が先にあるのです。
私には事業を始めた頃から、行き着くところまで行ってみたいという思いがありました。本来、誰もがそういう心持ちで仕事と向き合うべきだと思います。生半可な気持ちでどれだけ長い時間取り組んでも、そこに新たな可能性が拓けることはありません。
フロイトもある面、老害扱い?(笑)されて、オワコンにされていますが、本当にそうなのでしょうか?心理学草案に記述されていることは、実は科学的に根拠があったのでは?と皆さん思い始めているのではないのでしょうか?今はラカン関係の本を読ませて頂いていますが、本当にフロイトは凄いんだと思ってしまうような引用が多いです。マルクスの研究ノートが今、見直されているのと同じ感じがまたまたしました。
〜ここでは、心という空間の内部と外部の関係が問題とされているのだが、特徴的なのは次の点である。普通ならば、こう考えるであろう。まず外部の現実があって、その上で、心という内部があると。
ところが「草案」では、ニューロンのシステムを土台として想定するがゆえに、まず内部から始めて、そこから「ひるがえって」外部を考えるという順序になっているのである。
その結果、外部と内部の関係についてのユニークな考察が展開されることになる。「フロイトはこの手稿の中で、外界のあるいは客観的な『物』と、人間ないし主観としての『心』との関係は、どのようにして成立しているのかについての、非常に大胆な考察を、神経系という実体に名を借りて進めていたように見える」(p.481)。
「フロイトはその後、『夢解釈』の執筆以降、この神経系という梯子を自ら外してしまい、それ物理法則に違わない、かつ論理的にも確かな、心的事象の基礎理論を作ることをめざす。その思索の連続がメタサイコロジーと彼が呼ぶものである(p.481)。
つまり、「メタサイコロジー」とフロイト自身が名付けた一連の重要な作品群の出発点が「草案」だったのである。「草案」とはいわば、二階に上がるのに用いられたものの、上がった後は外された梯子であった。〜
木蓮の花と、神経科学に学ぶ、極度のストレス環境で冷静さを保つ方法と、【「しかし、『通道』で形成されたその回路を、われわれはそれでも、われわれの内部的な心的空間として経験するようになる。そして、ひるがえって、今度はわれわれの側から、われわれが外部の現実を認識するようになると、その現実の吟味に当たって、われわれの判断力にとっての『残余』が、外部の事物に相当するようになる(p.481)】
きれいなモクレンを見かけました!
喘息の新しい吸入剤が2週間しか12月までは出せないので、2週間おきに来てくれとのこと........。一番ひどい時期なので仕方なく行ってきました......。
下記は、 ポリヴェーガル理論が浸透してきた証でしょうか?
極度の脅威にさらされると、生物学反応として闘争・逃走反応が生じることが知られている。だが、神経科学分野で提唱されている「ポリヴェーガル(多重迷走神経)理論」によれば、闘うか逃げるかの二者択一ではないという。問題に直面した時、本能的に働くこれらの防衛反応を自己調整することで、他者との協力や創造、繁栄を可能にする状態にみずからを移行させるにはどうすればよいか。ポリヴェーガル理論の応用経験に基づいて開発された、移行を促すための5つのステップを紹介する。
段々と核心に触れて行きます。『量』『通道』『残余』等のキーワードも出ています。ここまで来ても、フロイトをオワコン扱いするのは、やはり読み込みが足りないのでしょうか? 自分は素直に凄いと思ってしまいます(笑)。
3.外された梯子?
〜まず「心理学草案」を大まかに言えば良かった「心的過程の全体を一つの慣性系と見なし、その土台にニューロンのシステムを考えて、意識や記憶を始めとする心的諸現象をその上に位置づけて行こうとするもの」である(p.480)。
「この系の中に、フロイトはいくつかの質の異なるニューロンによる系を仮定し、その中を、一定の抽象的な『量』が通って行ったり遮られたりする様子として、心的活動を捉えている。現代においてわれわれが馴染んでいる考え方に喩えて言えば、ここでフロイトが『通道』と呼ぶものは、神経回路網の形式になぞらえる」(p.480)。
このような内容だからこそ、現在、脳科学の流れで新たな注目を受けるようになったわけである。だが、ここでは、必ずしもそのことが重要なのではない。むしろ次の点にこそ注目すべきである。
「しかし、『通道』で形成されたその回路を、われわれはそれでも、われわれの内部的な心的空間として経験するようになる。そして、ひるがえって、今度はわれわれの側から、われわれが外部の現実を認識するようになると、その現実の吟味に当たって、われわれの判断力にとっての『残余』が、外部の事物に相当するようになる(p.481)。〜
キレイな夜空と、地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論と、【近年人気の最新の脳科学を紹介する啓蒙書として、小泉英明『脳の科学史ーーフロイトからのを智頭、MRIへ』があるが、その序章においてじつは、フロイト「心理学草案」が取り上げられている(小2011,p.12)。】
いつの写真か?忘れてしまいましたが、空の写真が日の目を見ないで、沢山あります。その1枚です! サイズダウンしただけで、一切加工はしていません。
下記は読みたくなったのでアップさせて頂きました!
細胞膜の形成を説明するのがいちばん簡単かもしれない。細胞分子を作り上げている脂質分子は、できたてほやほやの地球に存在していたと思われる材料や条件のもと、自然発生的な化学反応で形成されうることが分かっている。科学者が脂質を水に浸けると、それは思いがけないふるまいをする。膜で包まれた空洞の球体が自然にできるのだ。その大きさや形は、細菌細胞にきわめて近い。
今日は夜勤で、巡回が終わり一休みしている中でのアップです。
しばらくは竹中先生の心理学草案からの引用が続きます。
きちんとしたものではない、曖昧だからこそイメージが膨らむのかも知れませんね。簡単に答えが出ないことが、知識人達を創造に走らせるのかも知れません。ひづが変わりそうなので(笑)、慌てての更新です。
第二章 あらかじめ失われた出発点へ帰る
初期フロイトの「心理学草案」
1.一〇〇年を越えて
〜近年人気の最新の脳科学を紹介する啓蒙書として、小泉英明『脳の科学史ーーフロイトからのを智頭、MRIへ』があるが、その序章においてじつは、フロイト「心理学草案」が取り上げられている(小2011,p.12)。
最新成果を紹介する本が、一〇〇年以上前の、それも、よりにもよってフロイトの文章から始まるのは不思議に思われるかもしれない。
なぜなら、脳科学こそが、フロイト精神分析による心の病についての解釈を次々と覆してきたと思われているからである!治療実践に関しては、精神分析と脳科学は競合関係にあった。
さらに言えば、通常の見方では、精神分析にとって脳科学は天敵であると考えられている。脳の機能障害としての自閉症をめぐる悲劇も、そのような対立構図の中で展開した。
しかしながら『脳の科学史』の著者は、「心理学草案」を見直す必要性すら主張している。この原稿が「草案」と呼ばれるのは、そもそも公刊を前提としない私的な原稿だったからだが、そのような曖昧な性格を持つ原稿が、最新の科学の一つである脳科学と一体どのような関わりを持つのか。〜
今日のうたたねと、イギリスの映画『さらば、青春の光』と『推し、燃ゆ』についての考察と、【 つまり後年のフロイトにとって「外傷は内的幻想の世界での、過度の衝動によって理解され、本当にあった怖い話ではなく、空想の産物としての物語へと変化していくことになった」(妙木、2002,p.48)。】
今日は非常食を食べる日でした?お昼は職員も含めて非常食を頂きました!
皆さん(自分も含めてw)美味しそうでした!
午後からは男子だけすろーの湯に行きました。
消防署の、おそらくレスキュー隊員の訓練用でしょうが、はるくんが俺がひっくり返した!って(笑)。でも、彼なら力がありそう!
下記はガキの頃、モッズに憧れていたこともあり(笑)、興味深く読ませて頂いた記事です。珍しくこの本を読みたいなと、記事のせいで(笑)、思ってしまいました。
今朝は早めに出て、心理学草案についての論文を読んでいたので、φについて詳しくなりました(笑)。と言うより、ニューロンに見立てたフロイトの理論が少しずつ頭の中に入ってきました。ようやくですが(笑)。難しい.......。
〜ところが浅野は、『自己への物語論的接近』第五章の注で、次のように指摘している。じつは、物語論の主唱者たちの自己認識とは裏腹に、「彼らが想像している以上に精神分析的な理論構成と物語論とのまの距離は小さいと言わねばならない」と(p.228)。
特に距離の小ささを感じざるをえないのは子ども時代の虐待を含む広い意味での、「トラウマ的体験」がもたらす「語られてはいないがきわめて現実的な、効果をもったなにか」をめぐる問題に関してである(p.206)。
ここで、フロイトの論文「子供が叩かれる」を思い起こさないわけにはいかない。とともに、フロイトが論じたのは「叩かれる幻想」だったのに対して、浅野が論じるのは現実の「トラウマ的体験」であるという相違点にも気づく。
フロイトにとって、トラウマ体的体験は、精神分析確立プロセスに関わる微妙な問題であった。「当初フロイトはヒステリー神経症の原因を外傷(トラウマ)だと考えていた。それがエディプス・コンプレックスの発見によって大きく変化する」(妙木、2002,p.47)。
つまり後年のフロイトにとって「外傷は内的幻想の世界での、過度の衝動によって理解され、本当にあった怖い話ではなく、空想の産物としての物語へと変化していくことになった」(妙木、2002,p.48)。〜
今日のうたたねと、赤信号と太陽と、「免疫の働き弱まる」変異ウイルス 国内も発生か 慶大など発表と、【「主にエディプス期に、道徳心という社会規範が内在化されるとすれば、それは大人の子どもへのしつけや批判を受けた子どもたちが、今度は自分が他の人の悪いことを発見して批判するという立場に立てたときである」。】
防災用品を備蓄する小さな倉庫を作るのを貴ちゃんが手伝っていました!
散歩組は長仙寺さんに行き、コロナの終息をお願いしてきました!
午後からは男子だけすろーの湯に行きました! まだしばらくは、1人ずつが続きますね……。
送迎時に、キレイな光景がありました!
下記が本当なら、こちらが広まれば集団免疫なるものが可能に近づくのでしょうか?素人には全く分かりません.....。
新型コロナウイルスの変異ウイルスについて、免疫の働きが弱まるおそれのある遺伝情報の変異が国内でも起きていた可能性があるとする分析結果を慶応大学のグループが発表しました。
下記は有名な個所ですが、真摯に現場に向かっていれば誰しも感じることですね。
「主にエディプス期に、道徳心という社会規範が内在化されるとすれば、それは大人の子どもへのしつけや批判を受けた子どもたちが、今度は自分が他の人の悪いことを発見して批判するという立場に立てたときである」。
「攻撃者との同一視」が超自我の出発点であると考えるならば、当然のように「現実の親」の有り様が重要な意味を持ってくる。
4.二人のフロイト
〜「叩かれる空想」から出発したとも言えるアンナ・フロイトは、「攻撃者との同一視」という新たな考え方を定式化するのに成功した(p.164❳。
それによれば、大人とは、子どもを叩く怖い攻撃者である。「アンナの論点は、その怖さを通じて、子どもがいかにして心のうちに親を内在化するかという点にある」。
「主にエディプス期に、道徳心という社会規範が内在化されるとすれば、それは大人の子どもへのしつけや批判を受けた子どもたちが、今度は自分が他の人の悪いことを発見して批判するという立場に立てたときである」。
つまり怖い攻撃者は子どもの内部に「とり入れ」(introject)られて、それまで攻撃されるだけだった子どもが、攻撃する側へと転じる。そしてさらに、攻撃の対象は「他人の悪いこと」だけでなく、自らの振る舞いも含まれるようになる。
こうして、超自我が構成されてゆく(p.195)。このような超自我観は、社会学による通常のフロイト理解と一致している。
「攻撃者との同一視」が超自我の出発点であると考えるならば、当然のように「現実の親」の有り様が重要な意味を持ってくる。
妙木浩之は、アンナ・フロイトの考え方が「内在化にあたって自我が現実を観察する自律的な機能をもち、それによって外的現実と内的な現実が対応する形で内在化されるというモデルであるため、これを対応説と呼ぶことにしよう」と提案している。(p.196)
「対応説」にしたがえば、現実の親子関係子どもの心的世界の発達上きわめて重要になってくる。それゆえ結果的に、子どもを分析・治療す「児童分析」に際しては、現実の親の参加が重要であなのである(p.198)。〜